FC2ブログ

爽やかな今朝ですもの

爽やかな今朝ですもの
よう

あの高原へ行かう、なりんす。
170617katu1.jpg

もちろん
"大倭豊秋津島の眺望コース"さ
170617katu2.jpg

オカトラノオ(丘虎乃尾)とテフテフ(蝶々)
170617katu3.jpg

大倭豊秋津島の眺望
170617katu4.jpg

しばし水筒のお茶を含み
170617katu5.jpg

エエなぁ~、あそこへ
170617katu132.jpg

木洩れ陽の道を歩き
170617katu6.jpg

あの高原へ
170617katu7.jpg

焼きそばパン
170617katu8.jpg

カレーパン
170617katu9.jpg

青空が背景の文庫本
170617katu10.jpg

そして、高原にて、しばし至福のシエスタ

「また、来るからね、ヨロシク」と下山へ

下山路に差し掛かり、すぐのことだ。
山側の藪の中から、
不可思議な鳴き声が聞こえる
悶えるような…叫ぶような。
170617katu111.jpg

"藪の中"は、
"ラショウモン"(英語で言う)ではなく、
"明らかに"
捕食した蛇(ヤマカガシ) と 捕食された蛙(タゴガエルだろうか)
170617katu12.jpg
蛙を救いたい衝動に駆られるのは、なぜだろうか…。
ふと、尊徳翁の道歌を思い出した。

ちうちうと なげき苦しむ声きけば 鼠の地獄 猫の極楽 【 二宮尊徳 】

ナハハ

そうそう、以前にも記したかも知れんが、
ヤマカガシ
唾液(デュベルノア)腺から奥牙を伝い、
獲物に注入する毒を持つ、正真正銘の毒蛇であることが、
最近になってわかった。
そのことだが、
もうひとつ!
"首からの毒"についてだ。
ヤマカガシは、
首の頸腺から毒液を放つのだ。
で、実は、
この毒、自前ではない。
そう、
めっちゃ強い毒を放つカエル、
ヒキガエルを食べて
その毒を拝借して使うのだ。
まさに驚きや。

モミジイチゴ
170617katu14.jpg
よおさん生ってるわ

葉の筏に一人船頭
170617katu13.jpg
おもろいなぁ

あじさい
170617katu15.jpg
好きやわ

葉の筏に船頭さんと乗客二人
170617katu16.jpg
アハハ おもろいなぁ
乗員オーバーやで。

滝へ
170617katu18.jpg
不動明王と白龍大神の前で手をあわせる。

高尾張邑に土蜘蛛がいた。
その人態は、身丈が低く、手足が長かった。
磐余彦尊(神武天皇)の軍は葛の網を作り罠をはって捕らえ、これを殺した。
そこで邑の名を変えて葛城とした。
【 紀 神武紀 】


滝から流れる瀬せらぎに、
キラキラと輝く雲母の破片
170617katu777.jpg
何だかね、今日は滝で、
そぉんな事、ぐるぐると思い巡らした。

穴居民、"土蜘蛛"、
砂金・砂鉄等の鉱山との関わりね
鉱山技術衆と謂へば、
国栖 国樔 八束脛 隼人 丹生 佐伯…!
佐伯と謂へば、
この櫛羅の滝の命名したとされる空海。

半ば、連想ゲームになってるねんけど、
そういうのって、楽しいんだな…。

二星天道虫 星と太陽か
170617katu19.jpg
ドクダミの花は可愛い
170617katu1999.jpg
てふてふ、ひらひらと集団や
170617katu199.jpg
羽ひろげると青なんだな

そして、
帰宅後のビール
170617beerrr.jpg

葛城山のページを開く
170617katu2222.jpg
"ミヤマラッキョウ"となってるねんけど、
どこに咲いてるんかなぁ…。

二本目のビールをあける。
ぶはぁぁぁ

はぁぁぁ 山旅 楽し♪
スポンサーサイト

爽やかな朝にふと思ふはあの高原のこと

よう
爽やかな朝だな
170603morniggg.jpg
爽やかな朝
ふと思ふは、あの高原

「あぁ~っ、あの高原で、寝っ転がりたいなぁ」

よし、
寝転がりに行こ、
そないしょ

爽やかな今日、かつらぎへ
170603katurag1.jpg
登山道すぐの道標
僕は、もちろん右へ登ります
北尾根の"秋津州展望コース"
170603katurag2.jpg
道脇の"クサイチゴ"
170603katurag3.jpg
「瑞々しいなぁ」
と、微笑む。

花咲く尾根道、
170603katurag4.jpg
「咲き乱れとるなぁ、白が眩しいわ」
と、目を細める。

花中、夢中の
ハナムグリ(花潜り)
170603katurag5.jpg
「ナハハ、もぐってるねぇ!君、名前どおりやん」
と、微笑む。

大倭豊秋津嶋 大和の展望
170603katurag6.jpg
連なる青垣より望むはいと美し。
やはり、ここいらは、
国見の場所ではなかったのだらうか…

さて、"葛城山"
「大和では、かい那が嶽と云ひ、河内にては篠峰と云ふ。」
とは益軒翁の談。
「いにしへは二つながらを葛城山にてありけん」 
【 菅笠日記 】

ふむ、現在の"金剛"と"葛城"だな、
さふなのだらう…
水分補給しながら、様々思ふ。

さて、
木洩れび降る尾根みち
170603katurag7.jpg
「うひょぉぉぉ、うぅぅわ 最高っ」
と、思はず叫ぶ。

道標
170603katurag8.jpg
左の道が好きなのだな
谷から見上げるこの景色が、何ともいいのだ。
170603katurag9.jpg
道脇の"ヘビイチゴ"
170603katurag10.jpg
「うわぁぁ、何や感動するなぁ…」
何なんやろなぁ、この感じ。

木陰に、相舞の花
170603katurag11.jpg
小鼓の音が聞こえてくる。
又、感動

爽やかな今日、
木洩れ陽の路を抜けると、
170603katurag12.jpg
そこは、あの高原だった。
170603katurag16.jpg
「うひょぉぉぉ、うぅぅわ 最高っ」
と、とうぜん叫ぶ。
ナハハ

「お腹、空いた」
"竹皮につつんだ、むすんだ鹿尾菜飯"
膝の上にひろげ、
170603katurag14.jpg
むふふ
美味いなぁ。

よし、
高原で寝転がるぞぉぉぉぉ~っ
170603katurag15.jpg
"青い空が背景"の文庫本
いいんだよなぁ。
ナハハ

いつも、
朝、出掛ける前にね、
本棚の前で思ふんだなぁ、
「どの本にしようかなぁ」ってね。
でも、
いつも、だいたい、
冒頭がこう↓の本。

月日は百代の過客にして、ゆきかふ年もまた旅人なり~

いいんだよなぁ~ナハハ

大好きな高原で、
大好きな本。
うぅぅぅ至福なり。

でね、お腹も満たされ、
空の眩しさも相まって、
いつの間にかね
眠ってしもて…
そして、
ハッて、目ざめた時、
目の前が高原の景色やからね、
これまた、
めぇっちゃ、気持ちエエの。
ナハハ

「さっ、そろそろ、あの滝へ向かうか…
ほい、高原、又、来るわなぁ~」とね。

大好きな、滝は"櫛羅の滝"。
滝の脇、白龍大神、不動明王にお参り
170603katurag17.jpg
僕は、長居する。
ベンチに座ってね、滝を見る。
じぃぃっと見てるとね、
滝が、岩を登る白龍の姿に変わるのだな…
不思議な感じやねん。
不思議な空間になるねんなぁ…。
ついつい長居してしまう。

さてと、
「又、来ます」と。

あ、"白つめ草"ね。
"四つ葉のクローバー"
170603katurag18.jpg
何やろね、幼い頃からそやねんけど、
見たらいる、「ここにいまぁす」って感じかな…すぐ見つかる。
今日は「ここと、ここでぇす」ってね。

そや、唐突やけど、
『奇跡』って言うやん?
何パーセントやと奇跡や思います?
0.01%の確率(1/10000)やと、どう?奇跡?

説では、
四つ葉のクローバーが、自然界で発生する確率は、
0.01%の確率(1/10000)と何かの本で読んだことがある。
そうやねん、『奇跡』って、あるねんよ。
まぁ、あるからこそ、
この『奇跡』って言葉が存在するねんしな。

あれ?何の話しや…ナハハ

帰宅~っ
ビール~っ
170603beeering.jpg
くぅぅぅぅ~っ
うぉぉぉぉ~っ♪

「たこ焼き焼こう」
170603dining.jpg
ほいで、

ビール~っ
くぅぅぅぅ~っ
うぉぉぉぉ~っ♪

はぁぁぁ ビール 楽し♪



はぁぁぁ 山旅 楽し♪

夏の、あの径 あの草原へ

夏の、木洩れ陽のあの小路へ。
夏の、あの草原へ。

櫛羅(くじら)の集落より仰ぐ戒那山は、
夏の陽光で輝いています。

葛城北尾根へ急登、
"秋津洲(あきづしま)展望コース"
16080702katu.jpg
戒那山より、大倭豊秋津島の眺望。
16080703katu.jpg
美しい、のだな。
うまし國ぞ あきづ洲 やまとの國は  」
おもわず、口からでる。

端の花 露に濡れ 艶の色香は 僕を誘う。
16080704katu.jpg
"ホタルブクロ"
そうか僕を待っていてくれたんだな…なぁんて
ナハハ

木洩れ陽の小路
16080705katu.jpg
実はね…
この尾根道の途中の、ある場所、
その場所に来ると、
どうも、何か感じるのだ…何かね。
ナハハ、
いや、そういう感じるやないねんよ、
「ああ、この場所に、社かなんかあったんやないかな…」て、
そない感じるねん場所があるねん。
戒那山安位寺のあったのは、確かにジョウモン谷側だと考えるが、
なんだろなぁ…
もっと昔…いうのか、まぁそういうのはあまり語らん方がエエな
兎に角、そういう場所があって、
いつもそこで休憩して感じるねん。

木洩れ陽の小路…金剛路と自然散策路の分岐
16080706katu.jpg

さて…
鉈(なた)を、持参すれば良かったなぁ…
それほど、いや生い茂る草たち!!
藪を漕がねば…
16080707katu.jpg
藪を行く時は、マムシ注意…よし、歌う、だな。
♪ドンガ ドンガ ドンガラガッタ ドンガ ドンガ ドンガラガッタ くにまつぅさまの お通り だいっ
カントリ谷を渡り…

木洩れ陽
16080708katu.jpg
木洩れ陽
16080709katu.jpg
木洩れ陽
16080710katu.jpg
木洩れ陽
16080711katu.jpg
高原の昼食、カレーパン
16080713katu.jpg
高原の昼寝、シエスタ
16080714katu.jpg
「おっ クジラ雲…櫛羅の鯨、テヘ」
16080715katu.jpg
♪おーいクジラ雲ぉ おーいクジラ雲ぉ オイラを乗せてぇおくれよぉ
【作詞・曲 18歳の頃のArbre de Hiver】

木立ちの山道を下る
16080716katu.jpg
「おっ、いなご君、食事でっか?、うんうん、暑いわな、で美味いんか?」
16080717katu.jpg
櫛羅の滝の右手、
不動明王と白龍大神の前で手をあわせる。
滝の飛沫に夏の陽が反射して美しく輝く
16080718katu.jpg
夏の戒那山に降る陽は美しかった。
向日葵が笑った。
16080719katu.jpg
「又、来ます」
そして、帰宅して
扇風機の羽根に向かって「あぁぁぁ~ぁ」言いながら
大好きな"星印の麦酒"をやる。
16080720katu.jpg
「ぷ はぁぁぁ~ぁ」

あとを求めず、求めたるところを求めよ…か。庵を訪れる。

よう
旭、やまのはより。
160724morrr.jpg
僕にチカラをくれる。
盛夏の朝の空気を、腹一杯に吸い込む。
そして、味噌汁をいただく。
160724mor1.jpg
「はぁ~旨ぁ」(ナハハ)。

その様な朝の時間を過ごした今日、
大好きな場所、"かの庵"を訪れる予定。

平成13のとし焼ぬる勝手の社の再建を願ひ、こうべを垂れ、過ぐ。
160724ka1.jpg
木立ちの中、吉水宗信法印公の墓にむかひ、両の手をあわせ
160724so2.jpg
「ありがとうございます」…なぜかは知らねど、その言の葉がでる。
さて、
み芳のの上の千本を上がる車道のクネ ゝ 道とは別に直登の径があるだのが…
「ん?」、"Kobo-Trail"?なる表示看板が設置されておる。
「いらぬことを」とは思ったが
…県主催のトレイルランニングコースあるんやね「さういふことか」。
この先の、右に上がる小道、Kobo-Trailをゆく。 
160724kob3.jpg
さて、
獅子尾坂を上りつめたあたり…
ふと、振り返ると、景色も然ることながら
160724sato4.jpg
追ってくるは、横川覚範!
…と、想像したりする。
「我、義経なり」
…と、つぶやいたりもする。
雪は無いけれども。
ナハハ、妄想好きなもので。
ここ、忠信が応戦した(と伝えられる)あたりからの眺望も、又、よき也。
160724sat6.jpg
見あげる朱の鳥居は、水分みくまりの社、
160724miku8.jpg
やはり、本居宣長翁を、想はずに居られぬ。

みくまりの 神のちかひのなかりせば これのあが身は 生まれこめやも 【 宣長 】
…か。

歩みを進める。
道の端に、「おっメスや」
160724kuwa9.jpg
ミヤマクワガタ、
昨夜のオスとツガイ…などと想像(ナハハ)。
さて、
少し行くと、又、鳥居を見る。
160724kin1.jpg
修行門、山門なり。
160724kin2.jpg
金峯神社の拝殿にて、柏手、拝する。
右側の径より金の御嶽に入る。
160724sai3.jpg
この金の御嶽あたりは、"奥の千本"と呼ばれる。
左側の径を上り、茂みを下れば、庵に行き着くのだが、
今日は、大好きな"あの景色"にも逢いに、
熊笹の茂る路を真っ直ぐゆく。
160724aone5.jpg
吉野山、青根峯の頂は、木立の中にひっそりなのだな。
160724aone6.jpg
見上げると夏の木漏れ日が優しく僕に降る。
160724aone7.jpg
そして、これが↓、僕の大好きな景色だ。
160724aone8.jpg
青根が峯からの眺望、連なるは、大峰山系の山々。

さて、
同じ路を戻り、
奥の院寺院の跡へ。
宝塔院の跡を三町ばかり右へ行き、
ここ↓奥院"四方正面堂"の跡からの見晴らしも好きだな…。
160724sihou1.jpg
山の岨を二町ほど行くと、
聞こえてきます、とく ゝ …
苔清水。
160724koke2.jpg
とくとくと 落る岩間の苔清水 くみほす程もなき 住居哉【 西行 】

野ざらし紀行にある↓ 記しておこう。

西上人の草の庵の跡は、
奥の院より右の方二町計わけ入るほど、
柴人のかよふ道のみわずか有て、
さかしき谷をへだてたる、いとたふとし。
かのとくとくの清水は、昔にかはらずとみえて、今もとくとく雫落ける。
露とくとく心みに浮世すすがばや
【芭蕉翁】


さて、
訪れたのは、僕の大好きな場所、
"かの庵"は、蝉の声が鳴る中、
盛夏の濃い緑葉茂らせる樹々のあひだに、
ひっそりと佇まう。
160724saig3.jpg
かつては、み芳野の山で、最も栄えていたとみえるこの場所、修験の霊域。
【和州金峯山山上山下并小篠等絵図】より
miyosinoo2.jpg
廃仏毀釈の波に失われた金峯山寺奥の院寺社たち、
いまでは、その栄えの影もなく…
ただ ゝ 草木生い茂る長閑な森にもどるのみ。

かつての"修験の霊域"…
僕は、目を閉じて想像する。

修験僧、山伏の声…
「懺悔懺悔、六根清浄」
そして、
鳴るは法螺の音、
響くは奥の院の晩鐘。
そんな、この場所…
谷を隔てた、この場所に庵をむすんだ、その"ココロ"とはいかに。

世中を 捨てて捨てえぬ心地して 都離れぬ 我身なりけり【 西行 】

「そのココチ、この場所ゆへのココロでせうか?」

世をすつる 人はまことにすつるかは すてぬ人こそ すつるなりけれ【 西行 】

「やはり、さうですね、"ココロ"なのです、いかにすべきか…」
我が心なんですな。
ナハハ
いひかわしたることどもなむ いと興ありける、でござるよ。

今は夏の盛り、
炎天の下ゆえか、庵を訪ねる人も無く。
僕は、蝉と鳥の声の鳴る中、
庵の軒で、大好きな歌集を開き、
好きな歌を、声にだし、僕の思うところを話し、
そして、尋ねる。
160724saig4.jpg
かつて、ここを訪れた芭蕉翁、似雲法師、そして藤村らも、
山家集などを、ひもときて、対峙し語りあったのであらうかな…。
160724saig5.jpg
時を忘れ、長らく語らひ、
はたと頁を閉じた瞬間、
蝉の声が耳に戻る。

山路わけ いほりたづねて 歌集読む ココロに沁むる 蝉時雨【 Arbre de Hiver 】

160724saig6.jpg

空蝉の 下がる小枝に蝉時雨 蝉蛻たらんや 現し身のわれ【 Arbre de Hiver 】

山路わけゆく西行のあとをゆく心地。
yoshinoyori.jpg
ふと見ると、
僕の目の前の桜の一本が、
季節でもないのに満開に咲いている。
そして、
その櫻の下には、法師が寝ている。
僕も寝転ぶ。
yoshinoooooo.jpg
ん?この後は…
桜の精が現れ「桜の咎とは何か」と問う?
ナハハ

さて、
空想は、この辺にしておいて…

お腹が空いたので、
結んでもらった"おむすび"をいただく。
160724lunn4.jpg
美味しい。
あ、庵の脇の"ありじごく"、久しぶりにホジ ゝ 。
「おお、お前ぇ」…さて、どんな姿してるでしょう?
160724sukanpo2.jpg
ナハハ、秘密。
戻り路、高城山の展望台は、何ともいえん建築なり。
荒んでるというか、何だか寂しいのだな…。
160724tennbou2.jpg
展望にかかる枝葉。
160724takag1.jpg
ふむ。

楽しい今日を過ごしました。
"そうめんうり"(あくまで、"瓜"です)をいただきました。
160724soumenna.jpg.
今年初や。
美味しいな、ありがとう。

ふぅ、又、訪れよう。

さぁ 歩こう。

早朝4時の国道2号線は、
猛スピードで行き交う運送トラック、ヘッドライトが眩しく路面を照らす。
昨夜の宿から、須磨浦公園駅前、大会のスタート・チェックポイントまでは、1時間ほど。
ひとり、鼻唄まじり(曲:ダークダックス)で歩いている"赤いハンチングの男"は…
そう、本日の 『六甲全山縦走大会』 に参加する僕である。

さて
まず、僕がこのルートに興味を持った切っ掛けから話そうかな…。

●参加者へのアンケート:
 「あなたは今回、何をご覧になられて、本大会”六甲全山縦走大会”に参加されることになりましたか?」
僕は、解答欄に、迷わず
 「加藤文太郎、氏の影響です」 と書く。
ナハハ

"加藤文太郎:明治38年(1905)-昭和11年(1936)"
その男の影響である。
新田次郎氏著『孤高の人』で有名だ。
buntar.jpg
彼が技師として勤める三菱内燃機製作所(現:三菱重工)の寮は、神戸市和田岬にあった。
彼が二十歳の時、その寮を早朝5時に出発、塩谷から山に入り、
宝塚までの、六甲全山の縦走路を踏破、そして、その夜、和田岬まで徒歩で帰った。

印象的なスタイル
右のポッケに "甘納豆" / 左のポッケに"煮干" スタイル(?)なのである。
僕も時々、彼(小説の中の文太郎ね)を真似て、
そう、カモシカの様に歩くんだ、
そして、ポッケの"行動食"を食べる。
このスタイルで歩いたりするのだ
「文太郎スタイル♪」なぁんてね(ナハハ)。

僕は、彼の"単独行に対する考え方"に大いに影響を受けている。
例えば、
・友と共に山を歩く時は、時折山を見ることを忘れるであろうが、
 独りで山や谷を彷徨うときは一木一石にもココロを惹かれないものはないのである。


・臆病な心は、僅かでも危険だと思われるところは避けさせ、石橋もたたいて進む。
など
そして…
おっと、話しが、めちゃくちゃ遠くに向いて行きそうだから、話しを戻すとする。

僕が、
"神戸市市役所"にて"六甲全山縦走マップ"(とても見やすいよ)を購入してから
かれこれ5年ほど経ってしまったけれど(多分、改訂されてるのだろうな…)
これまでなかなか、歩く機会を"作らず"…
今回の機会に至った次第である。

さぁ いよいよ、その機会を始めるのである。

AM5:00~7:00がスタート時間だ。
僕が、10分前に到着した時点で既に…行列。
並ぶ事は常識だったようですね、先頭の方々は何時間も並ぶそう…(僕には無理だな)
行列は2号線まではみ出し、西へ100メートル程にまで連なる長蛇を、最後尾へと向うのですが…
並ぶことが、とても苦手な僕ですからね、少々困りました(ナハハ)。
【須磨浦公園駅前 スタート・チェックポイント】
14110900.jpg
"須磨浦公園"(海抜12m)から、"阪急宝塚"(海抜48m)に至る六甲連山、全山の縦走路
全長(神戸市の公称では)56kmの"六甲全山縦走路"を歩く。
最高地は六甲最高峰(海抜931m)と、そう高くはないのだが…
連山全16のピーク、それを越える全ての登りを合計すると、約3,000mにもなる。
言うなれば…上高地(1560m)から奥穂高岳(3190m)までのルートの約1.7倍
富士山五合目から山頂(3776m)へ、2回登るに匹敵する。

だ、そうな…。
ナハハ、めっちゃ強引な比較やなぁ…
高度も温度も風も雷のリスクもザックの重さも、景色も、何もかんも、ちゃうやん?
"比べる対象にならんを比べてしまう代表例"やな…とは思うねんけど
…まぁ、例えたなる気持ちはわかるからね(ナハハ)
さてさて、スタート地点、わぁ 賑やかだなぁ
各人、思い思いにストレッチ、準備体操
14110901.jpg
さぁ 歩くよ
ヘッドランプで石階段を照らして登る つまずかない様にね

―鉢伏礒の途―
一ノ谷、断崖絶壁を見下ろす鉢伏山の山頂に
秀衡より賜った名馬、薄墨(後の太夫黒)の背に騎乗する男の目は鋭い。
「前は海 後は山 波も嵐も音合わせ 左は須磨 右は明石 月の光も優ならん…」
今こそが戦機と、率いる精鋭70騎に対し、唸り叫ぶ
「心して下れば馬を損なうことはない、皆の者、駆け下りよ!」
男の名は、源九郎義経

有名な”さか落し”(んん…ひらがなにしておこうかな)のひと幕だ。

「ああ ここが、その場所なんですね!」と、ひとり勝手に興奮。
さぁ 歩くよ
【旗振山】
14110923.jpg
旗振:この名称は、江戸時代から明治にかけて、
大阪・堂島の"米市場での相場"が、毎日、神戸・播州から岡山・広島・九州方面まで、
旗を振って暗号でリレー式に伝えられる連絡・中継所であった由来による。

なのね…僕は、源氏が"勝利の白旗を振った"?などと勝手なイメージをしてました(ナハハ)。

「ああ あれが、神戸の夜景(早朝ですが)なんですね…」と、ひとり勝手にロマンチック。
さぁ 歩くよ。
夜が明けそうな住宅地を歩きます。
14110903.jpg
義経のことを考えて歩いていたので
義経:「静にしてください」
と、看板文字を勝手に解釈変換して、ひとりニヤケていました(ナハハ変なヤツですハイ)。
はい、「シィィィィ」(静かに歩きます)

あ、そうそう、長い階段道、
登山道での“渋滞”のことなのだけれど
14110902.jpg
渋滞は毎年必ず発生します。覚悟してイライラしないように
的なインフォメーションが、何度も 〃 案内書にあったけれど…
全然、平気だったなぁ。
「並ぶのは苦手」と、書いたのだけれど
("なぜ並ぶのが苦手か"の理由があるんだなぁ…言わないけど)
あの登山道での"渋滞"に関しては
全然、エエんやんか
実際、見まわすと"見てからにイライラしてはる人"もおらはったけど
逆に、なんでイライラするんか、僕には、わからんなぁ(わかりたないわナハハ)

雨…
白い神戸を見下ろします。
14110905.jpg
"須磨アルプス"と呼ばれる"馬の背"
14110918.jpg
いい感じのコルだなぁ…行列だけど(ナハハ)
13110904.jpg
さぁ 歩くよ。

さてさて
著書【孤高の人】の冒頭
"ある若者と、老人の会話"が交わされるのが、
建御雷之男神を祭神とする、ここ"高取神社"だ。
takatorizz.jpg
若者:「さしつかえがなかったら、その人のことを話して下さいませんか、
     ……ここは寒いから、どうです、すぐ下の茶屋で……」
老人:「いや寒くはない。それに風もない。
    加藤文太郎のことを話すには、此処がもっともふさわしいところだ、
    此処は加藤文太郎が最も愛していた場所のひとつなんだ」


「ああ、ここが、あの物語の最初の場所なのですね…」と、ひとり勝手に感動。
さぁ 歩くよ。

【菊水山(459m)/チェックポイント】
14110906.jpg
"非理法権天(ひりほうけんてん)"の楠木正成を祀る"湊川神社"の背景の山
もちろん、僕が登る途中、ずっと口遊んでいた歌は

♪青葉ぁ茂れぇる 桜井のぉ~里のわたりの夕まぁぐれぇ
  木の下かげに駒とめてぇ~【桜井の訣別(わかれ)】

―今から79年前
当時この山は"山大角木(おおつのぎ)山"と呼ばれていた。
楠木正成が湊川で敗死して600年の折
"まつり"が行われたのである。
山頂には、大きな石碑が建てられ、
山麓には、楠木氏の家紋"菊水"の模様に松が植樹された。
その時点で、"山大角木山"は、現在の"菊水山"と改名したのである。
…ふぅぅぅむ 昭和10年(1935)の時代の背景を思う…。
さぁ 歩くよ。
霧の中の山路をゆきます。
14110907.jpg
【掬星台/チェックポイント】
広場では温かい
14110909.jpg
"レモネード"が振る舞われます。
14110908.jpg
雨に濡れ、冷えますからね、温かいのがジワァァ~って身体に染み込んでゆく感じ
ほんまエエなぁ
ありがとうございます、ご馳走さま。
さぁ 歩くよ。
霧の中の山路をゆきます。
14110920.jpg
霧の中の車道をゆきます。
14110910.jpg
六甲山郵便局前のテントでは、熱々の"甘酒"が振る舞われます。
14110911.jpg
雨に濡れ、冷えますからね、温かいのがジワァァって身体に染み込んでゆく感じ
ほんまエエなぁ。
ありがとうございます、ご馳走さま。
さぁ 歩くよ。
六甲のゴルフコース、フェンスの中を歩く
14110917.jpg
僕は、ジュラシックパークという映画を思い出し、
フェンスごしに見える芝をブラキオサウルスが歩いてて…
なぁんて想像してニヤケてました(ナハハ変なヤツですハイ)。
さぁ 歩くよ。
【一軒茶屋前広場/最終チェックポイント】
14110912.jpg
トンネルを歩きます。
14110913.jpg
どうしても僕は、"この様な空間"に入りますと、
「あぁ!」 「あぁぁっっ!」って言いたくなるのですが…今回は我慢しました。

さぁ 歩くよ。
船坂峠…塩尾寺、なかなかなアップダウンですね。

【宝塚/ゴールポイント】
14110915.jpg
阪急宝塚駅のコンコースでは、
完歩した人々に温かい"豚汁"が振る舞われます。
14110916.jpg

さて、無事に六甲全山縦走路を歩き終え、
赤いハンチングの男は、こう思った。
まず、
降り続く雨の中ながら、
霧に霞む六甲の樹々を見上げ、
鼻歌まじりに歩いていると…
背後に迫り来る、どこか威圧的な足音。
ナハハ、もちろん、それには悪意なんて無いのよ、
狭い登山道だからね、ぅん、しゃぁない(仕方が無い)。
でね、後ろから、そないに急いでらっしゃる気配を、感じるとね、
男は、やっぱり「どうぞ」って脇に避けて路を譲るわけで…

これまでもそうしてきたし、これからもそうする。

けれどね、今大会では、一旦、脇に避けると…
タダダダァダァ~と、
列は途切れず2、30人が行き過ぎるのをじっと待つ事になる。

しかし、赤いハンチングの男はこう考えたのである。
まぁ、それはそれでもエエのかもな…
「今大会ならでは」と考える方が、楽しいかもね、だね。

akaihann141109.jpg
さてさて
やはり、そんな大会だから、山の中
ほんと沢山の"人間ドラマ"もありました。
面白い。
人間は、実に面白い。

それに
ボランティア参加の方々の温かい声援や
温かいレモネード、甘酒
温かい。
人間は、実に温かい。
14110921.jpg
そして
美味い。
ビールが、実に美味い。

まじで。

そんな 「さぁ 六甲全山縦走路を歩こう」 の日でした。

ススキの穂ゆれる高原のシエスタ 2014 

『あの高原でシエスタ』日和です。
141019sususkinn.jpg

最初の分岐はね右の急登
『秋津洲展望コース』("北尾根コース"と表示してあります)だ
141019bunki1.jpg
ほら、振り返ると
141019akitusima.jpg
霞みがかる秋津洲の眺望
いやぁ~すごい、いいんだなぁ

木洩れ日の中をグングンゆきます
141019akaibounootoko.jpg

零余子むかごも陽に照らされ揺れております
141019mukagon.jpg

やがて現れる分岐は
右は"ダイヤモンドレイル経由"
141019bunnki.jpg
僕は、直進です。

僕:「お、君、又会ったね」
141019korogasinn.jpg
雪隠黄金:「誰?」

木々の間から降りそそぐ陽はホント美しいのです
141019sunsun.jpg

何ともな芒(ススキ)がもとの吾亦紅【子規】
141019waremokouomofu.jpg
何ともナァ~ 
「吾も恋う」…か
いやぁ~お腹すいたな(ナハハ)
高原ランチは"カレーパンその1"
141019lun2.jpg

薊あざみに蝶 々 (上と下)
141019tyoutyou.jpg

"カレーパンその2"
141019lun1.jpg
ナハハ、"高原"と"カレーパン"相性いいよなぁ
なぁんてな

ゴロン♪ 鼻歌
141019hon.jpg
高原で大好きな読書 
あぁぁぁなんと最高なのだらう
そして
141019hirune.jpg
高原で大好きな昼寝 
あぁぁぁなんとZZZZZZZZZZZ~

長~い時間"高原タイム"を楽しみました
さて…そろそろ行きますか
んじゃ、又帰ってきま~す

"櫛羅の滝" 行楽シーズンだなぁ けっこう人
141019kuzira.jpg
ひといき入れて、と

家路

はぁぁぁ 山 楽し♪

さぁ 歩いてゆくのさ 2014

よう
昨夜の宿(旅館)での朝食は「アゴ-飛魚-」の焼きもの
1407220709.jpg
"トビウオ":胸ビレをひろげて滑空するあの魚
九州と、日本海側の山陰などでは、「アゴ」って呼ばれてるねん。
まぁ最近は、スーパーで"あごだし"言うて売ってるから、既に認知されてるよなぁ…
そやけど、焼き魚で食べるってないもん、嬉しい。
えと…
飛魚の学名は 「CYPSELURUS AGOO AGOO」
そう、1820年代、シーボルトが長崎方言で紹介したんや「アゴアゴ」言うて。

シーボルト:「これ、何て魚?」
地元:「あご」
シーボルト:「え?」
地元:「あぁごっ、あぁごっ」

…みたいな会話で「AGOO AGOO」になったなどと"楽しく推測"しましょう。
そう、この「アゴ」の語源説、"けったいな説"が飛び交うてるねん。
例えば…"赤魚アコヲ"の転訛です、とか
「美味しすぎて顎が外れるから」みたいなシャレを言うたのが、逆に語源に転換してしもてたり。
しまいには、先述の"シーボルトの伝えた学名から"みたいな
思わず仰け反ってしまうような説もあるねん。

で、色々考えたのやけれど…
結局、不勉強の僕には、語源を想像するのも難しかった~っ( くぅぅっ )

まず、頭に浮かんだのが

大宮の 内まで聞こゆ 網引すと 網子ととのふる 海人の呼び声
【万葉集 長忌寸意吉麿】

という歌。
宮廷に仕えた下級官吏の彼が、文武三年(699)春、
帝が、難波に御行幸有らせられた折に詠んだとされる歌やねんけど
ここで"難波京が、いづこか?"と言うような議論は、さておきます…
いつも断線しすぎですもん スイマセン。

帝のおわす宮の中にまで聞こえてきます、
網を引く網子たちを指揮する声、漁夫の威勢のいい掛け声が

想像しますねん…ね、なんや、ええ感じでしょ?
いやいや話しは、"歌の内容とは違うところ"でした。
歌に出てくる"網子"が「アゴ」で、ようさん捕れた魚が「あご」?…ん?
"網引き"言うのは、"地引網"のことやもんね…もし、仮にそれが語源や、となると
…飛鳥の天武天皇が造営した難波京の場所っち言うのは…
もといっ!話しを戻せぇっ
こんな説もある、
網で捕る魚やから"アミウオ"それが変じて"網魚"「アゴ」て言う説
"雑魚"を「ザコ」て読むやん?
んん…そやけど…これも、しっくりけえへんな。

で、次に思ったのが…やっぱり
三重県志摩の"英虞(あご)湾"、"阿児(あご)町"…何や関係があるんかいな?とか思て
調べてみると、"英虞の地名"は古くて『和名抄』にも郡名としてでてくるんやて
そやけど、もっと時代をさかのぼりまくって、
この「あご」は、マオリ語 「アゴ」「大きく口を開けた湾」である、と
そう、言語人類学からみる人類史!と、えらいことになってくる…
そやけど、どうも主題の、飛魚との関連は見あたらへん感じやし
いや、そやけど、『言葉の起源を探る空想旅』っちゅうのは、めちゃくちゃ楽しくて、な
それは、最近、めちゃ興味のある"縄文人"…ポリネシアとの関連
それに、滅亡したインカから…それこそ考古学の世界へ…ん?ちょっと待てよ
「アゴアゴ」って…
それって"オーストロネシア語圏"で頻繁にみられる連複する言語"畳語じょうご"で
実は…シーボルトの頃まで使われてて
ほんまに「アゴアゴ」やったんかも知れへん!
…みたいな
な?、やっぱり、話しが脱線しまくるんで、"飛び魚"の話しに戻そ。
ちゅうか"朝食のおかずの話し"やねんけど(ナハハ)

飛魚、他に呼び方として、
ツバメ魚・丸トビ・角トビ・コトビ、トビノウオ、
アキツトビウオ、トゥブー、ラプシチェッポ…よぉさんあるわ
しかし…縄文のいにしえから、食されてきたこの"飛魚"
当時、呼び名が無かったはずがないわけで…つまり、「アゴ」ですな

ふぅ…よばれまょう
「美味しいなぁ、アゴがおちそうや」
縄文の人々も、僕と同じように、そない思って名付けたんやと想像したら…
それはそれで楽しい。

昼は空港内の食堂で"あご"飛魚のっけ丼
甘辛い醤油だし
1407221217.jpg
「美味しいなぁ、アゴがおちそうや」
1407221308.jpg

平成26年夏の山旅は終わりましたが
どうも、僕は"ココロ"をあの島に置いて来てしまったようで…
森の中から出て来てしまっている
そんな感覚が抜けないんだ。
森に帰りたいなぁ…と
でもね
さぁ 歩いてゆくのさ
140720091022.jpg
だって
この今も、あの山は雄大にそこに聳え
これからも、悠々とそこに聳え続けてゆく
のだから

…ん?写真、背後から精霊の視線を感じる
ナハハ

ありがとう だ。

神奈備(かむなび)山の神木(かむき)に思う

よう
AM5:05の朝食です。 
今朝のメニューは"山の朝飯/ガッツリ炭水化物でねエネルギーチャージのカレー"
1407210505.jpg
メシ班:「ボナ ペティトォ~ さぁ召し上がれ」
パッキング完了
1407210604.jpg
新高塚小屋を発ちます
14078210648.jpg
さぁ、山旅の始まりです。

森の木々の幹が、黄金色に輝く、本当に美しい数分間
1407210635_201408072013468f2.jpg
朝から、自然に圧倒される僕
1407210732.jpg
ヒメシャラの下 木路をゆく
1407210907.jpg
森をゆく 時折 広くなる空を見上げ 「ああ 何と綺麗な空だ」と声が出る。
1407210757_20140807201546efd.jpg
揺れる葉々から陽が降ってくる 「ああ 何と綺麗な森だ」と声が出る。
1407210758_201408072015481ae.jpg
森の静寂を歩く 小鳥が集り鳴く声がだんだん近くなって 「ああ 歌っているなぁ」と声が出る。

高塚小屋を過ぎると
空が大きく開けた場所に出る
木製のしっかりした展望台に着いた。
僕は、荷をおろし、見上げる、
有名な樹
僕が、長い間ずっと、逢いたいと願っていた樹だ
1407210806.jpg
なんだろう…この違和感。

僕の視線の先に、確かに存在している。
"その樹"は、太い枝葉を天に向かって威風堂々とひろげ
幾万の風雪雨に耐えてきたうねる幹肌は力強く、
"その樹"は、圧倒される程の大きさであるのに…。
展望台から眺める"その樹"
周りの木々を伐採され、柵に囲まれ…
どこかしら、この屋久島の森から、ひとり切り離された様な…
どこかしら、悲しい感覚

しかし
すぐに僕は、僕の"そんな感覚"こそ、極めて"人間様"的で、間違った感覚だと気付いた。
僕が、今よりもっと若輩の頃、
長い間、"動物園"の存在を否定していた感覚の根拠が、間違いだった事に気付いた時 と同様、
僕は、己を恥じた。

「以前は、樹の間近まで寄って見上げた」と聞いた。
人々に発見された1966年以降、この樹を観光の名物として、
人々に観てもらいやすい様に、周りの木々を伐採し整備したのだろう。

それは、人への配慮という『おもいやり』。

樹は注目され、人々が押しかけ、
人々は感動し、時には、救われた人もいただろう…素晴らしいことだ。
そして、人間は、樹の周りを踏み荒らした
もちろん悪意など無く。

だから、現在
僕らは、この離れた位置、
木の台に乗り、柵ごしに眺めるんだ。
樹への配慮が足りなかったツケだ、それが正しい。

それは、樹への配慮という『おもいやり』。

いつか、周りの木々が育ち、
樹が、この森に完全に戻る日を想像する。
もちろん、その時、僕は会いには来られないけれど。
一日も早くそんな日が来ますように…
そう願わずにはいられなかった。
…梢で鳴く鳥たちの歌声にあわせ、その葉が風に歌う
そんな、想像をしていた。
樹は、そんな僕をみて
1407210805.jpg
「阿呆だな…これもそれも、私が、この森に存在するからこその事象
        数千年前も、この数十年の間も、何も変わった訳ではないのだよ」

と、微笑みながら言った…気がして
僕は、ゆっくりと目を閉じる。
そして、大きく息を吸って
そして、笑った。

すぐ脇の沢から水を汲み 
僕は樹と 酌み交わす
1407210812.jpg
ここ屋久島では、どこの涌き水も飲料できる。
そして、これが本当に美味い。
その中でも、"ここの水"が一番美味しかった、何だか、そんな気がしました。
1407210841.jpg
整備された木道を下る
1407210909.jpg
だいぶ高くなった陽の光が、木々の間から僕に降ります。
1407210817.jpg
古来より、
屋久島の島民にとって
山々は霊山である。
そこに聳える屋久杉は、神木(かむき)である。

いまや天下人として、その名を轟かせるようになった羽柴秀吉は、
いよいよ全国統一の基礎を固めつつあった。
彼が何よりも願っていたのは…民の平安であった。
その祈りの為の東大寺大仏殿の再建計画も、信長の突然の死と共に滞ったまま…
焼き討ちによって焼失させられた痛々しいままの姿を晒していた。

「世が安らかになるのであらば、わしは、いくらでも金を使おう」
秀吉は、京都東山に、大徳寺の古渓宗陳を招請し"方広寺"を開山、
そこに"大毘盧遮那仏"を安置する"大仏殿"を建立することを、命じるのである。
本能寺の変から4年後…天正14年(1586)のことである。
―それらを、鎮護国家思想などといわれる歴史家方々もいらっしゃるが、
僕は、その考え方をあまり好きになれない…
"その主観"ありきで歴史を思うと、『見えるはずの事柄が見えなくなる』と思うからだ。
話しが横道に反れそうなので、早々、戻すとしようかな…。
その翌年、秀吉、黒田孝高らは、いよいよ九州を制圧する。

さて、その時から、100年さかのぼる 長享2年(1488)
"日蓮宗"布教の為、京都本能寺の日増上人(45歳)は、種子島から屋久島に渡り
長(永)田集落の長寿院(顕寿寺)にて、屋久島の島民へ布教活動をしていた。
そんな折、地震が起こる。
頻繁に鳴動震動する九十九嶽、地震に怯えている島民を前にし
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
日増上人は、巨大な岩石、笠石の洞窟に7日間こもり法華経を読誦し、
宮之浦、永田、栗生、黒味の嶽山頂に法札を納め、鎮災の祈祷をする。
そして、鳴動震動は、鎮静化のごとく、沈静化した。
そしてそれは、上人の神通力と、法華経の経力による…となる。

古来より、屋久島の島民は
"山幸彦・天津日高日子穂穂手見命"を祀り崇めてきた。
海(竜宮)と山の島ゆえのことであろう。

今回、僕達の山旅、屋久島へ向かうの機内でのこと、
"島の信仰"については、何の前知識もなかった我々なのでであったのだが…
窓際(隣)に座る弟と、僕が、ずっと話していた会話が、
"山幸彦、海幸彦の神話"であったことは、なんだか、偶然とは思えないのだな…。

さて、
古来、南海航路の目標地として重要な位置にあったこの島は、
都からの航海における"澪標(みおつくし)"であった。
寄港の際に、数々の文化が荷下ろしされたと考えるのは、難しいことではない…

例えば、さかのぼること 天平勝宝5年(753)11月
益救嶋(屋久島)の港に、10日間程停泊しているのは、
唐より帰る"吉備真備"の乗った"遣唐使船"だった。
そして、その船に同乗していたのは、
三度目の渡航でやっと日本に辿りついた"鑑真和尚"であった。
そしてこの時、鑑真和尚により、この島に律宗が伝えられたのであった。
しかし、島民には、それ程定着はしなかったものの…
『やはり』と言うか、ここでも"垂迹"ということになり
『一品宝珠大権現』が、夢枕に出現する"夢"なるものを、"律宗信者"が見た、となる。

…その上、日増上人の法華宗布教が成功した後には、
『一品"法寿"大権現』などと、記述が変わるなど…
胸が悪くなる話しだ。
"宝珠"は、山幸彦が結婚した豊玉姫の父である綿津見大神より賜った、
"塩満珠、塩乾珠"の『宝珠』に違いないのだから。
なんじゃそら、だ。

しかし、だ、
当時における島の人々の、詣所での除災招福、疱瘡退散や、その祈り、
その信仰心を考えると…、
やはり、僕は混乱してしまうのであった…いつもと同じように
「よかったのだ、いや違う、いや…」と。
で、結局、同じ答えに毎回行き着くのである。
崇める対象に、人間が勝手に付けた"呼称"…そんなものがどう変わろうと、
時代をこえ、脈々と崇め続けられてきたその対象というものは、
何ひとつ、変わっていないではないか。
人間が勝手に呼称を変えただけで、
ずっと同じ対象、『尊い自然』 そのものなのである、と。

さて、
日蓮宗の布教が成功してから以降は、更なる布教、修行の為、
京都本能寺、尼ケ崎本興寺から、多くの僧侶たちが、頻繁にこの島に訪れることになる。
そして、帰阪した僧侶らから伝えられる"島の噂"は、
当然、秀吉の耳にも届くことになる。
「ほぉ、かの島には、それほどに立派な杉があるか」
「それは、それは、見事な杉という話しにございます」

秀吉は、早速、石田三成を通じ、薩摩大隈の大名・島津義久に命じる。
「屋久島の木材資源量の調査をせよ」
天正15年(1587)のことである。

そして、2年後の天正17年(1589)7月、
秀吉は、改めて石田三成より伝達させる。
「方広寺大仏殿用の柱 及び 島津分領中で刀狩した刀、脇差三万腰の進上を賞す」

古来、屋久島には山岳信仰がある。
年に2度、2日間山に入り、豊作の願い、家族平穏と、感謝の祈りを捧げる「岳参り」の行事がある。
その始まりは、1488年の日増上人来島以来、とされるが…どうだろう
「詣所」を設置し、俗域と神域の線引きし、形式化されたのは、その時であっただろうが…違うだろう。

島津義久は、一度、献上を断っている。
「用材はござるが、みな山の奥深くにござりますゆえ、搬出は不可能、
 その上、仮に、伐採し搬出したとて、その運搬船がござらぬ」

依頼を受けた、種子島氏は、山への信仰心の強い屋久島の島民に対し、説得が出来なかったのであろう。
しかし、島津氏は、なぜに「神木ゆえ、伐採不可能」と、そのまま伝達できなかったのだろうか…
それほどまでに、秀吉を驚異と感じていたのか…。

しかしながら、
天正17年(1589)、献上の"督促"が言い渡される。
「杉、檜、大小に関わらず、調査し搬出可能な材、不可能な材に仕分け、台帳を作成し報告せよ」

さて
楠川に、"牧 五郎七"という人物がいた。
"牧村の五郎七"とする伝聞もあるが、僕は"牧 姓説"を支持する、牧野村ならわかるが、牧村とは?。
もとい
彼は、いったい、どのような人物であったのか…。
そして、実際、その伐採を手伝った他の"七名の木挽き達"とは、どのような人々であったのか…。
当時、楠川集落の祭神が、"一品法寿大権現"であったことを考えると
やはり、本能寺僧侶たちの巧妙な説得があったのだろうか…。
『方広寺大仏殿建築の為の資材、銘木徴用を受けての献上』それは
「蓮華蔵世界の毘盧遮那仏を安置する大仏殿の建立の造営木である」
という島民みずからにおける、信仰心からの行為であったのだろうか…。
それに、古くより、鑑真により伝えられ認知していた"律宗"、
その本尊が、"廬舎那仏"であったことも影響するのか…。
『どうか』は、やはり、想像する以外に術がない。
だけど、僕には、どうしても、
島民に、神木を切る事が出来るとは考えられない。
のだなぁ。

五郎七らが伐った理由…
大切な誰かを守る為だったのだろうか。
やはり、そもそも楠川の牧 五郎七とは、どのような人物であったのか…。
それが知りたい。

口伝ではあるけれども…島に残る伝説、
元暦2年(1185)3月、壇ノ浦に敗れた平家一族、平清房、忠綱ら屋久島への落人伝説。
もしかしたら、
牧氏、他伐採を手伝った7名全員が、実は"平家の末裔"で…
一族を受け入れてくれた島民への感謝を、400年を経たこの時、表したのではないか
などと、ドラマチックに物語展開する僕…とは言え
やはり、柳田國男の言う『平家落人伝説捏造説』
"木地師集団"が落人を名乗って入島した可能性、それが頭を過ぎてしまうのであった。
まぁ、それはそれで、とてもドラマチックなのであるのだが…。

かつて、伐り出した木材を運搬した"その路"は、
現在も残っています。
現在の呼び名は"楠川歩道"

その道に、今も残る石積み
そこに生す苔たちよ、
見てきただろう…人々を、その祈りや想いを。
そこに生す苔たちよ、
教えておくれ…だ。

さて
秀吉が、北条氏直を高野山に追放したそれと同じ年
屋久島の港には、黒い大型船11隻が停留していた。
小豆島からやってきたその大船団は、切り出した屋久杉を大坂へ運ぶ運搬船団である。
天正18年(1590)のことであった。

秀吉が、徳川家康、宇喜多秀家、前田利家、伊達政宗、多くの茶人、連歌師らを伴い
総勢5千人もの供を連れ、吉野山花見に詣でた文禄3年(1594)の翌年、文禄4年(1595)
方広寺大仏殿には、いよいよ、高さ18メートルもの廬舎那仏、"木製金漆塗坐像"が安置される。
しかし、
翌年の慶長元年(1596)
"慶長伏見地震"が、京都、畿内を襲ったのだ。
木製金漆塗坐像は、開眼供養を待たずして無残にも大破してしまったのである。
そして、
秀吉は、慶長3年(1598)大仏開眼供養を待たずして死去することになる。

その後、秀吉の意志は、息子・秀頼に引き継がれ、
倒壊から14年後の慶長17年(1612)
やっと、銅造りの巨大な大仏が完成し、安置されたのであった。
この絵がそうかは定かでないが…
屋久島の神木伐採から、20数年が経っていた。
その後、楠川の牧五郎七の子孫達、屋久島の島民の誰かは、
京都方広寺へ訪れたことがあったのだろうか…。

さて、余談だが、
慶長19年(1614)秀頼の命により製作された梵鐘
その鐘銘文字にあった「国家安康」「君臣豊楽」
家康は、その文字に因縁をつけ、大坂冬の陣の口実にした。
世にいう『方広寺鐘銘事件』である。
その時、家康の心に、かつて秀吉がつけた"利休へ因縁"のこと、
それが影響したのかどうかは、想像の域をでないけれど…
"梵鐘の小さな文字への固執"、"宗易の師である古渓宗陳が開山した寺"であること、
まぁ、宗易と家康の関係はさておき…
"宗易弟子達の豊臣への恨み、辛み"
やはり、物語を考えてしまうのです…ナハハ
相変わらず想像大好きの僕ですからね。
キリがありません、ナハハハ。
おっと、横道に反れてしいた事を思い出した!僕の悪い癖だな。

さて、現在、その大仏殿はというと…
寛政10年(1798年)、落雷が撃ち消失したまま…
悲しいかな、その"曰くつきの梵鐘" と "石垣"が残るのみ。

最近思う…
1万年も続いた物々交換の時代、"縄文時代"。
人々は、自然を崇め、暮らす生活は、1万年も続いたのだ。
その縄文時代の遺跡が、島のあちこちから発掘される屋久島には
その素晴らしい自然体系だけでなく、
文化体系推移の縮図もあるのではないだろうか…。

今も残る、その神木の切り株。
胸高周囲13.8メートルもある巨大な切り株。
中に入ると
何だろう…"胎内の記憶"だろうか
"心音"が聞こえてくるような
優しく抱かれている感覚

天に向かって聳えていた幹は…森になった。
見上げる ハート型の森 は、
優しい陽に、風が緑を揺らし
キラキラと音をたてて輝いている。
ハート型の森
美しいハート型の森。
その切り株は、
やはり、神木(かむき)であり、山々は霊山である。
古来より、
現在にいたっても
信仰の対象である。
なぁんにも変わっていない。

大正12年(1923)に開設されたトロッコ軌道は、昭和44年(1969)に運行を終わり…
1407211102.jpg
明治32年(1899)
「国有土地森林原野下げ戻し法」施行により屋久島の森は国有林となった。
島民の国有林下戻し請求の訴えも敗訴に終わり、
「屋久島国有林経営の大綱」42,000㌶の国有林のうち、
官行施業林を実施すべき奥岳を除いた前岳の7000㌶について、開墾適地を貸与し、
薪炭材生産には便宜を図る外、奥山の伐採、造林作業にあたっては島民の就業を誘導する。
とする”屋久島憲法”を発令したのだった。
大正11年(1922)
営林局は、木材の伐採基地から安房港までの運搬手段として、
森林軌道建設に着手した。
1407211103.jpg
そして、大正12年(1923)下屋久営林署『小杉谷製品事業所』の前身が
"原生林伐採基地"として開設されたのである。
島外からも、"山師達"は、家族を引き連れ移り住んだそうだ。
昭和10年(1935)頃には、200人の作業員と、その家族100人を含め
300人もの集落となった。
しかし、大東亜戦争の敗戦後、昭和20年(1945)には、30世帯100人まで縮小した。
その後、復興の木材需要増加、
その為、昭和30年から木材生産第一主義のもと
導入された"チェーンソー伐採"による増産体制により、集落は、大きく発展してゆく。

山の昼メシは
朝に用意しておいた"山菜おこわ(アルファ米)"を
トロッコ軌道の脇のベンチに腰掛けて
11407211228.jpg
最盛期、昭和35年(1960)には、
集落の人口は、133世帯540人にまで増え
小、中学校、公衆浴場や商店、その上、理髪店までもあったそうだ。
そして、昭和37年(1962)には、
小杉谷小学校・中学校あわせて、147人もの生徒がいたそうだ
今も残る、廃校となった学校の門柱
1407211346.jpg
耳をすませども、
楽しそうに駆ける足音も
猿たちと一緒に遊ぶ生徒達の笑い声も、

ただただ、
苔生した濃い緑色の門柱に、沢の音が染み込むばかり…
目の前のトロッコ道を、屋久島猿たちが歩いている、
1407211343.jpg
なんだか、つまらなそうに。

そして 平成26年夏の山旅は
1407211442.jpg
いよいよ 終わろうとしています。

姫沙羅の森のフラワーシャワー

よう
AM4:15 朝食 
"山の朝飯ガッツリ炭水化物でエネルギーチャージラーメン"
140200414.jpg
本日の"しっかり歩く工程"に備え、しっかり食べる。
さて、
"インスタント麺"と言いますと、
"五木"とか"マルタイ"などの『棒状ラーメン』が、
"山メシ"の定番、コンパクトで、パッキング(荷造り)し易くていいのだけれど…
僕は、やっぱり『袋麺』の方が"感じ"なのだ、かさむのだけれど。
今朝は、最近のお気に入り日清"ラ・キング(王)"にしました。
たっぷりの野菜(ドライフード)と、メンマ(レトルト)を入れて

メシ班(僕):「ボナペティトォ!さぁ 召し上がれ」

朝陽が昇る キラキラと木々を輝かせ 昇る
僕達が登る キシキシと筋肉を軋ませ 登る
1407200619.jpg
ほんの数分間、
森の木々の幹が、黄金色に輝く時間は
本当に美しい。

木の根を、またぎ 〃 しばらく歩くと、
空が、ひろがる場所
"小花之江河(こはなのえごう)"
1407200740.jpg
"(大)花之江河(はなのえごう)"
1407200737.jpg
森の有機物は雨に流され谷に堆積する。
年月を経て泥炭化した大地は
濃い緑色の苔が覆った地面を持ちあげ
濃い黒色の脇腹を見せている。

木々が反射させる濃い緑
すくと立つ"枯存木(こそんぼく)"の白
背景に黒味岳の悠々とした山容
そして、青い空の宇宙。
花崗岩の谷に生まれた"高層湿原"

ほんとに美しい場所だ。

屋久島の方言は、種子島方言に近いそうだ【タクシー運転手さん談】
この島の方言では、「川、河」の事を 「 ご 」と言う
「江川」を、「えごう」と。

"屋久島石楠花"
花の季節には、谷に美しい白い花が咲き乱れる、と聞いた。
まさに『"石楠花の"江河(えご、えごう)』なのだろう…
今は、花は咲かない季節ではありますが、
それでも、とても 〃 美しい"ご"を、後(あと)にします。
1407200752.jpg

巨岩が露出している"投石平(なげしだいら)"
張り出した一番大きな岩の上に立ち
風を正面に受け両手を広げる(セリーヌ・ディオンの曲は流れてへんで)
見下ろす壮大な景色…あの辺りが"投石岩屋"だろうか…
投石岳の眺望 
弟の淹れる美味しい珈琲
そして、何よりも、皆の笑顔
至福のひととき
1407200910.jpg
屋久島の森林限界(しんりんげんかい)について書いておこう…
森林限界:一般的には、背の高い樹木の生育の限界高度のこと
この島は、
南に位置するにも関わらず
「屋久島では1700mくらいが森林限界である」とは?
と、ずっと疑問に思っていたのだが…
「風の影響」だそうだ…
しかし、フム
やはり、この急峻な山容と地質、特異な気候
様々な要因が重なって、影響しているのだろう
となると"森林限界"というものの定義というのは、どうなのだろうな…
さておき
歩いてわかったのだが、
確かに、山頂あたりには"水場"が見あたらない。
仮に「山頂で美味い水をグビグビやりたい」ならば
谷の水場で汲んで登らなければなりません。
イヤ…絶対"やりたい"はずですから、汲んで登りましょうネ。
さて
島に降る大量の雨は、
花崗岩で形成された急峻な山頂部から
一気に流れ、流れる水と一緒に堆積するはずの有機物も流してしまうのだろう
それらが谷に溜まって、あの湿地を形成したのだろうからね。
ゆえに、山頂付近の土壌は、とても貧弱となり、
その上、強風が吹きつけるのだから、
高い木が育つのは難しいのだろうな
勿論、冬の積雪も多大に関係するのだろう…
確かに、見ると、
あたりの木々は皆、北アルプスの森林限界の様に
地を這うように成長していた。

森林限界"の上"をゆく
1407201015.jpg
島固有種で1mほどの背丈の屋久笹(ヤクザサ)/屋久島竹(ヤクシマダケ)
屋久笹 の稜線をゆく
1407201039.jpg
風は緑の波をたて、草原は海原
1407201103.jpg
僕たちは泳ぐ
草の匂い、草の音、海原は草原

"宮之浦岳山頂"
弟の頭の周りを"ヒョウモン"が飛来し
彼のセンターにとまって一緒にモニターを見る"豹がらの蝶"
1407201158.jpg
白い花が好きなのかな…
しばらく留まったら、ヒラヒラ舞って、
今度は、僕の肩に
僕が好きなのかな…(ナハハ)

永田岳の分岐、"焼野三叉路"を越え
山メシ、ランチの時間
"スペシャル温素麺 と スペシャルフィッシュソーセージ"
1407201305.jpg
スペシャル、ナハハ、軽く栄養補給。
縦走時の昼食は、こんな感じがいい。
シャリバテ(ご飯を食べないとお腹が空いてバテてしまう)は、必ず起こると考えた方がいい
だから、行動食(行動中に食べるもの)は必需品ですからね、皆さん(ナハハ)。

雲の中の草原
僕らは雲の中をグングンと下ります。
1407201348.jpg
"ビャクシン岩"に「ぅおぉぉ、すげぇぇぇ」と驚嘆の叫び
1407201555.jpg
"ビャクシン"は、檜科柏槇属の針葉樹の名前
ビャクシンの生える"ビャクシン沢"の岩、だからその名称なのかな…

そろそろ森林限界から、森林世界へ
大木の木立ちの中を歩く僕たちに
降ってくる"フラワーシャワー"
1407201655.jpg
脚の重くなった僕らを応援してくれているかの様だ…
ツバキ科の大木を見上げれども
見えない程に高いところで咲かせたその花弁を
僕たちの上に、降らせる。

ここは"姫沙羅(ヒメシャラ)の森"

姫沙羅の大木の
成長につれ自ら剥がし落とした、その木肌は
樹皮をいっさい纏わず
薄紅色の褐色…まるで、人間の肌の様なんだ。

僕は、
何度も、何度も
森の中に
"艶めかしい肉体の裸婦"を感じ…
こっそりと、ビックリ、ドッキリと
していました。

だから、
この"清楚で美しい花弁"を
僕の目の前に落とされると
僕は…
なんだか…
少し…
"淫靡なココロモチ"になってしまっていたのでした。
こっそりと。

沙羅双樹の肌の色…

今夜の宿泊先
"新高塚小屋"に到着
無人の避難小屋とは言え、しっかりしています。
1407200531_20140805080937f0d.jpg
山の夕飯、今夜のメニューは
"豚汁 と 炊き込みおこわ"
1407201759.jpg
食後は弟の淹れる美味い珈琲
1407201800.jpg
小屋に屋久鹿
1407201822.jpg
今夜も"三岳"で「いやさかぁ」です。
1407201947.jpg
今夜は星は見えないようだ…
なんだろうな…フィトンチッド?
それは、酒もいつもより美味く感じさせるのだろうか…

こけ生むす森に帰る

■プロローグ

僕は、"ある感覚"を感じていた…と言うよりも、包まれていた。
いつかどこかで感じた"ある感覚"に包まれていた。
1407191353.jpg
苔むす森
どこからか聞こえる水の音
苔生す森は
コケ生むす森。
1407191512.jpg
"ある感覚"
それは、胎内にいた時の記憶なのだろうか
もしくは、父母の腕の中で揺れ、眠った時の感覚だろうか。
憶えているはずもないそれらの記憶かどうか考えること事態、
やはり、その記憶、ということなのだろうか。
苔をつたう水の音に、耳を澄ませる。
頭上高くの枝々で鳥たちが歌う、歓びの歌
隣の茂みから聞こえる屋久島猿の話し声
時折、聞こえる屋久鹿の呼び声
それらに重なって聞こえている、僕の呼吸。
1407210807.jpg
僕は、いつしか森に取り込まれ そして水に結ばれる。
ここは、禊の森なのだろうか…
ここにある全ては、魂に響いてくる
命に響いている
そして
なぜだろう、泣きそうになる
なぜだ
僕は、悠久の時…太古から繋がる時間の流れを実感している。
科学などでは、到底計り知れるはずのない雄大なる自然がある
僕は、畏怖の念に圧倒され
それと同時に、
丸く大きな温かい優しいヒカリの中にいるような…和
確実に癒されている僕のココロ
僕の中に充満したそれらは
瞳から溢れだしてくる。
溢れてくる泪は、僕の中からではなく、
大地から湧き出した、水
僕は、森に帰る。
1407211132.jpg
苔生す森は、母なる森。
1407191507.jpg
ここは
全てが生まれた場所
僕は、深く霊妙を感じ…ふと頭に浮かんだのは
"産霊 むすひ"という言葉だった。
僕は、完全に森に取り込まれ そして水に結ばれる。
僕は、森に帰る。
1407191351.jpg
そして、
1407210735.jpg
生まれるのだ。


■山旅の始まり

"淀川登山口"で"登山届け"を記入し
さぁ、森の中へ
1407190729.jpg
歩くこと、30分程で
"クワガタ虫のところ"に到着しました。
【 ネブトクワガタ 】(顎の根っこが太い鍬型)
1407191304_.jpg
"ネブトクワガタ"は、
松など"針葉樹"の朽ち木に産卵する、珍しい『針葉樹系クワガタ』(僕の造語)だ。
1407191303.jpg

僕と言う少年が、まだ少年だった、あの日、
実家の近所にある"農林センター"、
その森の"ポプラの木"で見つけた"クワガタ"の記憶が蘇った。

その当時、よく僕は、独りで"焼きそばパン"を持参で、
『グレート昆虫ハンティング』(虫とり)に出かけたのものだった。
森に入るときは、いつもなぜか"焼きそばパン"なのだが、

さておき
その日というのは、
森の主要なクヌギとコナラは、全てチェックしたものの、
"カブト"(イントネーションは、大阪弁でヵブト\)は何匹も見つけたのだが、
僕にとっての収獲は、ゼロだった。
基本的に『カブトムシは捕獲しない』というのが、"僕らチームのフィロソフィ"だったのだ。

さておき
森の全てのクヌギやコナラの木から染み出している"樹液場"は、
僕らが、日々、野山を駆け回り…というよりも、
日々、"スズメバチ"や"マムシ"に怯えながらも、藪をかきわけ、
"ウルシの木"に、かぶれまくりながらも(とりわけ僕はウルシに弱い)見つけた狩場だ。
当時、
あの森については、誇張でもなく
僕らは、すべてのポイント(釣りで言うところの)を把握していた。

さておき、
"収獲ゼロ"だったその日、
いつものように、クチ笛を吹いて帰っていた。
収獲無くても「楽しかったぁ~」と思うのは不思議だが、

さておき
下山コース途中にある、"枝振りのよいポプラの木のところ"で
僕は、なぜだか、ふいに"木登りの衝動"にかられ
登ったのだ。
ちなみに、
基本的に、男の子たちは、『木登りがしたい』のではない。
登ったその高い場所から『見渡せる景色を見たい』のだ。
登った『己だけが見ることが出来るその景色を見たい』のだ。
『制覇したという満足感が欲しい』とも言えるが…
なんでなんやろ、"男って"、なんでやろ。

さておき、
そして、見つけたのだ。
「? まさかっ ポプラにクワガタが? !」
と、ツガイ♂♀で見つけた、あの"クワガタ"。
通常、桜の木には"オオクワガタ"がいたりするが、
"ポプラの木"というものにはクワガタがいない。

"そのクワガタ"は、僕がこれまで見た事もない"色"、
"グレー色"の"ヒラタ(クワガタ)を小さくしたような型"で、
"上翅には、スジが入っていた"。
初めて見るその姿に、僕はひとり声をあげ興奮ひとしお、ふたしお、みしお

「新種?世紀の大発見??
それとも、"絶滅したはずの種"がこっそりと生存していた?!」
などと想像し
鼻息が、べら棒に荒い"大興奮の少年"だった。

…でもその時は、
「何だか、だからこそ、捕獲しちゃあいけない」
って、そんな気になって…

僕だけが知っている彼らの存在、として…
(多大に"佐藤さとる氏の本の影響"なのだ。)
そっと、彼らのいた、ポプラの枝分かれにある"節穴"に戻したんだ。

その後、
僕は、急いで家に帰って、
そして、ドキドキしながら"昆虫図鑑"をめくるのだけれど、
どこにも、"今見てきたクワガタ"の記載はない。

「あぁ…やっぱり、そぉなんや、
  やっぱりな、そぉか、僕は、僕いう男は
 世紀の大発見をしたんやな…」

"虫捕り仲間"を差し置き、"ひとり"で発見してしまった、
というような罪悪感は、嘘ではなく多少はあったが…
いやいや
もちろん

「ひとりだったからこそ、"現れた奇跡"なのだ」
などと
やはり"佐藤さとるワールド"の僕は、納得していた。

そして、
本棚から、
何度も読んで表紙がボロボロになった本をひっぱり出し…
『ファーブル昆虫記』だ。

床に、うつ伏せになって
両足を、交互に振り  〃 し
鼻歌を歌いながら、読んだ。

そんな記憶が、その時、
僕の脳裏に、鮮明に蘇ったのである。
まさか、山道を歩きながら
そんな事を思い出すとは思ってもみなかったが
そぅ、長々と、蘇ったのである。
ありがとう、ネブトクワガタ。
ありがとう、長々読んでくれた読者諸君。
1407191325.jpg
…で?
その時発見したという"クワガタの名前"は?
うん、"その容姿"を"絵に描けるほど"に鮮明に思い出したからネ
色々、調べてみたのだけれど…
これがどうして?
いくら調べても、ヒットしない…なんでだ。
やっぱり、あれは…

『"クワガタの着ぐるみ"を着た"コロボックル"』
だったのだろうかな…(ワールド炸裂)。


"淀川(よどごう)小屋"
1407200528.jpg
無人の"山岳避難小屋"とはいえ
40人~60人が収容できる、しっかりとした木造の山小屋である。
小屋前のテン場に並ぶテントのフライシート
そこに印字された"ブランドロゴ"、
『エスパース』の赤文字のカタカナはかっこいいなぁ…
そしてこれまた、
そのテントの横っ腹にマジックで書かれた『佐賀県の高校名、登山部』
なんとも言えない味がある。

「若者諸君、頑張りたまえ」
かつて
"ドーム型テント"が開発されて間もなかった当時、
それらの流通は、今よりもまったく少ないもので
それに、まだまだ"高級品"だった頃…
そぅ、 『テントたるもの』、誰もが"ウェンパー型の黄色い天幕"を使用していた時代(僕らがその末期世代だろうな)
を知る僕としては…
時代は変わった、とはいえ
『最新鋭型テントにマジックで名前』…の感じが、
なんだか、滑稽な程に違和感を感じてしまい、とても面白い風景。
又、彼らの食事を覗いて見ると…
勿論、燃料は"コケ燃(固形燃料)"ではないし、"飯盒(はんごう)"も使わない
そんな彼らを見て、何だか羨ましくもあり、
それらの『楽しくも辛い経験が記憶に残らない』ということを、可哀想に感じたりもする。

例えば
"グランドシート"と"天幕"を結ぶ紐を、テント内側から結んでると、
ポールが倒れ「うぉぉぉおお」と、テント脱出の"障害物競争状態"に追い込まれたり…、
又、"ペグの打ち込み"が甘かったり、張り綱テンションが緩んでいて、
強風でも吹こうものなら、今度はテント内全員で"障害物競争状態"だし、
雨が降ってきたら、例え、"側溝(必ずテント周りに溝を掘る為、スコップは必需品)"があるにしても、
テント内では、端によせている"キスリング"(横に長いザックね)は、どうしても
下の隙間から入りこんだ"雨水"でビショビショなるし、
寝相によっては、朝起きたら"キスリング"が外にあったりするし。
でも、これはいいよね
"固形燃料の燃える音"は、ガスの様な騒音(コォォォォォッ)のない静かさだし、
"飯盒の米"は、逆さ向けて叩いて石をのせて…
とまぁこれらの様な 
『楽しくも辛い経験の記憶が溢れてくる』という幸せ。
いや、装備が合理化されたその分、時間はたっぷり出来たのだし、
彼らには、それこそ『別の』、僕の知らない
『楽しくも辛い経験の記憶』が残るのだろうね…うん。

そぅそ、彼ら、
訓練の為か、"飯"を、"米から炊いて"いるようだ(もちろんガスではあるが)
そんな、彼らの会話の中に
「はぁじめチョロチョロ中パッパっ」というセリフが耳に聞こえてきた。
まず、その言葉を知っていたことには驚いたけれど…
いやいや、"引率の教員"が、"文言だけ"教えたのかも?
ひょっとしたら彼ら、"メロディー"は知らないかも…。
そういえば、火加減調節をしながらでも、歌ってる輩はいなかったもんな
歌うだろ?、普通。
さておき、
「そうやろぉそうやろぉ、分からんやろぉ?」そのタイミング
ナハハ
「始めってどの始め?中ってどの中?」
とはいえ、作詞者に"説明不足のクレーム"をつけても仕方がない訳で…
僕らも、そうやって、その歌を模範にしていたっけ…と思い出しました。
そうやって毎回、"焦げていたこと"も。
あ…ちなみに「焦げが旨いねん」は、"焦げの程度"によるのですよ(ハハ)。

小屋の横を流れる "淀川(よどごう)"
"大阪の淀川(よどがわ)"が、この"淀川(よどごう)"を見たとしたなら、
いったい、どんな風に思うのだろう…
とやっぱり考えてしまった。
美しい…
透明すぎる程、透明なんだ。

ザッバーン!
1407191527.jpg
あれ…?

よどごうや たれぞとびこむ みずのおと 【僕の勝手コラボ】


さておき、
"水場(みずば)"は、小屋横の小川の"せせらぎ"
1407191449_20140804230917c9a.jpg
夕飯の用意をする
140719メシ
今夜のメニューは
『スパゲティアッラボロネーゼ & ストラッチャテッラ 』
でございます。
1407191615.jpg
翻訳いたしますと、
『早ゆでパスタ(3分)とレトルトソースと パスタゆで汁でたまごスープ(ドライフード)』 
でございます。

食後
屋久島、三岳酒造の芋の酒 "三岳(みたけ)" 
ペットボトルに入れ替えた、この美味い酒を、
義弟が運んでくれたのだ。
サンキュ
1407191707_20140804231036a63.jpg
"三岳"…その名は、ご存知の通り、
宮之浦岳(1936m)、永田岳(1886m)、黒味岳(1831m)の三山から命名の焼酎だ。

「イヤサカァァ~!!」

僕は、やっぱり、水だと確信する…
『 美味し水あるところ 美味し酒あり 』
なのだ。

"焼きびなご(焼ききびなご)"をつまみながら

屋久島の苔生す森の中の暮れゆく空の下

おおいに 語り合う。

――――森の日暮れは早い――――

見上げると
四方を張り出した枝々に囲まれた空

そこから降ってくる
星々が… 
美しすぎる。

「ぉおおおおおおおおぉぉぅ」
ちゅうて、声もでる。

その夜は、
シュラフのファスナーを開放し
広げた上に"Tシャツ姿"で横になって眠った。

――――就寝――――

そして
それは…
深夜におこった出来事…

深い森の奥の
小さな避難小屋で
僕が、体験した出来事…

時計が表示していたのは
深夜2:00…
だと記憶している。

「確かにいる…」

なぜか
ふと、目覚めた僕は
周りの静けさに違和感を感じたんだ…。

「確かにいる…」

それは
僕に寄り添うように…。

「確かにいる…」

確かに、脇腹のあたりに。

この小さな"屋久島姫鼠(ヤクシマヒメネズミ)"は、
日本固有種"ヒメネズミ亜種"だ。

この時、僕は、
その日にかぶっていて"汗をたっぷり含んだ""赤いハンチング帽"を
床に、放り出したまま眠ってしまった。

…そのことが
僕のこの山旅から帰った 『後々の2週間』 に
多大に影響することになるとは…

その夜は、思いもしなかった。

あの島の始まり と 山旅の始まり

―山旅の始まり―
大阪国際空港(伊丹空港)から屋久島空港行きの直行便は、1日1便。
「フライト前に、空港で、皆で昼食を食べよう」
と言う事で、僕たちは"正午の待ち合わせ"で集まる予定だった。
…がしかし
案の定、と言うべきか
ハイハイわかっておりましたヨ、と言うべきか
待ち合わせの2時間前、午前10時に着信したのは
「あと20分で着きます」
父からのメールだった。

屋久島飛行機
―島の始まり―
"海洋プレート"言うんはな、
沈み込んでるわけや…
"3億年"も前から断続的にずぅ~っと、っちゅう話しや。
3億やで、え?、想像もでけるかいな、な
ま、大陸の形成っち言うんは"40億年"より前っちゅうて言われるから
…あっそや、"ビッグバン仮説"で言うたら宇宙は"138億年前"や
そんなんに比べたら、多少は想像でけるか…
でけへんでけへん

JALチェックインカウンター前ロビーのベンチ
腰掛けて待つダカトピ(ネパールの帽子)をかぶった父は
遠くからでも、すぐに見つけることが出来る。
「うぃぃぃっす」
"山男の挨拶"だ(…いや"別の部隊の挨拶"かも知れん)
そして、しばらくして
大きなザックを抱え現れた弟に会うのも、暫らくぶりだ。
「うぃぃぃっす」
山男の挨拶だ(別の部隊の挨拶だ)
もうひとり義弟からは、先ほど
「どうしても仕事が終わらず少し遅れます、頑張ります!」
と午前中にメールが入っていた
ごくろうさま、頑張れ!。

もぉちょっと最近の話しをしょおか
だいたい1400~1550万年前 でどうや?
ガハハハ
まぁ聞きぃな
太平洋側"フィリピン海プレート"がな、
"ユーラシア大陸プレート"に潜り込む時の"地殻変動"がな
"マグマ溜まり"っちゅうのを形成させたんや。
この"マグマ溜まり"言うのんは
未だ解からん事が、ようさんあるんやけど
めっちゃ"熱い岩石成分が溶けたのん"と、"水"で構成された
"ケイ酸塩混合物"である"マグマ"っちゅうのが溜まっとる場所、いうことや
『マグマ大使』言うて聞いたことあるやろ?
ちなみに、ワシはバリバリ知っとるけど、知らんジェネレーションが聞いたら
「マグマおおつかいのスペクタクルイリュージョン!」みたいな話しちゃうで、とか
「え?どこにある国ですか?」「アフリカ辺りの領事館の方ですか?」そない聞かれても、や
(おぉっと脱線…もとい)
これ(マグマ溜まり)が爆発して、地上に出てくるんが、"噴火"や。
そのマグマ溜まりは、噴火せぇへんかってな、
地下の深ぁい所で
マグマが、"四万十層郡"と、表層のユーラシア大陸からの堆積物で構成された"熊毛層郡"に貫入したんや、
グイィィッちゅうて、その堆積物の層を割って、上へ貫いたんやな
地下の深ぁい所での話しや
マグマは、冷えて固化するんと同時に隆起して
生まれたんが、この島
屋久島なんや。
(と、言われるそうです。)

伊丹を出発したカナダ製Q-400プロペラ機は、
プロペラを
ババババ
ブロロロロ バババッバババ
ババババババブロロロロ
バッバッババババ
といわせて
四国の上空を飛ぶ、今は桂浜の上くらいだろうか…
隣の窓際席の弟と
海幸彦と山幸彦の話題で盛り上がった。
予約時の座席指定では、確かに僕が"窓際席"のはずなのだが…


島は"花崗岩"ででけてる、言う話しやけど
花崗岩は、ゆぅっくり冷えた"マグマ"が固まって形成されるらしいねん
"この島の花崗岩"ちゅうのは、めっちゃ特徴があるんやで、
そこら中に露出しとるでぇっかぁい花崗岩はな、"正長石"っちゅう結晶を含んでるねん、
マグマが、時間をかけて低温で結晶化したからこそ出来る結晶やねんて、その石の結晶
結晶を含んだこの島の花崗岩は、"屋久島花崗岩"と呼ばれてるねん
見る岩 々 たいがいの岩に、ケッタイな石がチップされてるねん、
フルーツケーキのチェリーの配列?言うんか、チョコチップクッキーのチョコ配列?言うんか、な
…写真貼るわ こんなん↓やで
isikakou.jpg
宮之浦岳(1936m)頂上近辺の岩かて、そないなってるのんゴロゴロやねん
そや
この島には、2000m級の山岳が連なるってるんやけど
もともと、海水面から12kmくらい下、地下で形成された花崗岩が、やで、
隆起するのに、1年で、だいたい1mmづつや、
そやから14km隆起したっちゅうことは…
1400万年をかけたっちゅうこっちゃ。
そんな、があって
でけたわけや、この山岳島、
屋久島が。
(と、言われるそうです。)
toutyaku_20140729004426f5b.jpg
屋久島空港のバゲッジクレームは、滑走路に比例して短い。
僕は、なぜか、"ハンドルをクルクル回して開ける、車の窓ガラス"を思い出していた。
時々、クリッ!てなって、変なとこにガンッ!ぶつけて、その時はなんてことは無いのだけれど
数日が経って、痛くて…「あれ?ここって、どっかでぶつけたっけ?」と思い返すけど思い出されへん、みたいな…


え~と、これも話ししとかなあかんな…
2万5000年くらい前の氷河期(第四期)があったん憶えてるやろ?
それからだいたい1万年前(最終氷河期ウルム氷期)までの、海が凍ってて
今よりも、海面が140mも低かった時代には
九州大隈半島、鹿児島、種子島とかと、陸続きでな
自由に行き来でけたんや。
動物ら、寒い思ってるし、やっぱり南の方へ移動するわ。
そやけど、後、海面上昇で、島となって隔離されることになるねん
それから、後、野生動物らの生態系は、独自の進化を遂げることになるねん。
"島嶼生態系 とうしょせいたいけい"、言うやつや
(ほぉ、そない言うんですか…)
隔離された歴史の中で、固有種属の生物は分化して、
形態やら生態がよその世界とは異なって進化する。
…ちゅうて、ホンマはどないなんやろな
"この島の"に関しては、"あれもこれも"では無い気がする…。
あ、それらもぜぇんぶ含めて"島嶼生態系"っちゅうやつか…ハハ、納得。
そやけど、現状も、これから変化していくんやと思う、
"崩壊"言うたら、めちゃ悲しい感じするけど
"維持温存"は、そうとう尽力せなあかんな、思う。
いや
「自然っちゅうのは、そう言うことやない、人間様が保護したり
 そないな微力でどうのこうのなる様な、そないなもんやない」
…ちゅうのは、いつもの"僕の意見"やねんけど
そやけど、僕ら、知らんまに、その生態系を崩すのんに加担してるかも知れん、
そやから修正できるんやったら、加担してしもた分の修復と
それ以上には加担せぇへんっちゅう努力は、せなあかんもんな…うん。

空港からの宿泊先の尾之間までの
"タクシーの運ちゃん"の話しは面白い。
何が面白いかというと
「あ、ここからがガイドブックの引用トークやな…」ってわかるところ
その"切り替え"が面白い。
若干の間をおいて始まるそれは、少しだけ"棒読みのセリフ"っぽくて、
"難しい植物の名前"とか、"人口"やら"面積"やらを
スラスラァ~って間違いなく上手に言う。
僕は後部シートで、少しニヤケて相づちを
打ってしまうけれど、
「ヘェ~そうなんすか、そうなんすか」
なんだか、それも、嬉しい。


さて、もっと最近の話しに戻すけど
7300年前の話し
その頃言うたら…"縄文時代(約1万,6500年前~約3000年前)"や
その時代に起こった、"日本最大の噴火"がある
"鬼界カルデラの大噴火"や
屋久島の北北西約40kmの"鬼界カルデラ"で、爆発が起こったんや
その時の"火山灰"は、"成層圏"まで到達するくらい噴き上がって、
日本列島全域を覆うほどに降り積もったっちゅうがな…。
この島を、"幸屋火砕流"っちゅう"火砕流"が1mくらいの厚さで覆ったとされてるねん。
そんな事になったんやったら、島の"生態系"は、壊滅状態やったやろうな…。
(と、言われるそうです。)

しかし
その大噴火から、ちょうど100年が経ったある日

昨夜から降り続いた雨も、すっかりあがり
大地を覆った苔の上に、柔らかな陽の光が降りそそぐ
そんな、よく晴れた朝のこと

水滴は、転がる
深緑色の、苔の絨毯敷の階段を
キラキラと光を反射し
瑠璃色に輝きながら
転がり落ちる

そして
瑠璃色は弾けた
小さな帽子にあたって弾けた
種皮の帽子を弾いて弾けた

そこに芽生えた小さな小さな芽の
頭に、ちょこんとのせた種皮の帽子を弾いて弾けた

そして
そこに芽生えた小さな芽は
目ざめの伸びするように、ゆっくりと子葉を開いた
普通の芽ならば子葉の枚数は、3枚だけれど

そこに芽生えた小さな芽は
初めて浴びる朝の陽を
身体いっぱいに浴びて
南から吹く優しい風に
4枚の子葉を、揺らしている
気持ちよさそうに

芽生えた
芽生えた
確かに
芽生えたんだ

あの杉が。


宿泊先のホテルから見える
眺めていれば眺める程に、神々しく見えてくる 本富岳の展望に
「いやさか!」
ビールと屋久島
そして、楽しい食事
その上、尾之間おのあいだ温泉の
トゥルトゥル系の湯は、まことに気持ちよくて
結局、4回、入浴した。
温泉、好きやねん。

19moxtut.jpg
東西28km、南北24km、周囲132km
海岸線から急峻に立つ、と言うてええような、この島は、
まさに、山岳島や。
そやから、"植生"の事やねんけど
海岸部の"暖温帯"から"冷温帯"、"高層湿原"までの"垂直分布"のおもろい植生の島や
ほんで、"地質"やけど、
花崗岩が風化して出来た塩基性成分の少なぁい珪酸分の多ぉい土壌でできてて、
めっちゃ貧弱な土壌やねん
"幸屋火砕流"が覆った上に、浅ぁく堆積してるんが、植物更新による"腐葉土"や
それが浅ぁく表面を覆ってるねん。
そやけど、そんな土壌で、なんで?…て思うやろ
僕かて思たわ
こういうことやねん
黒潮は、赤道付近で20℃くらいまで温められて、水蒸気となって島にやってくるんや
ほんで、山岳島の急斜面を駆け上がって、ぶつかって、大量の雨になって降りそそぐ
そやから、屋久島の年間の降水量ちゅうのは、
山頂あたりで10000万mm、平地でも4000mmにもなる。
「はア、一ヶ月、ほとんど雨ですな。 この島は、月のうち、三十五日は雨という位 でございますからね。」と、
小説『浮雲』に書いたのは、"林芙美子女史"↓やねんけど…
hourousyadearu.jpg
最初、言いだしっぺは、誰なんやろなぁ?
この言いまわし「月の内35日雨」言うのんは
わかりやすぅて、粋ぃ な表現やなぁ、てそない思う。
さて
植物が育つ理由やけど…
『 苔 』や
大量に降り注いだ雨を、その身体にたっぷり含んで土壌を形成するんねんや。
なんや、何や知らん、その感じ、美しいなぁ、て思う。

それからな"杉"言うんは、
だいたい500年から、長ぉても800年くらいの寿命が一般的やねんけど
ご存知の通り"屋久島の杉"言うたら、あぁた!…ネ。
そゃ、知らんかったんやけど…
『 屋久杉 』ちゅうて呼ぶんのは、"1000年以上生きてる杉"のことやねん
それ以下は『 小杉 』て言うねん
そやから
999歳の小杉は
「あぁ、やっと来年は、屋久杉になれる…」言うて
自分が、生きてきた999年間を感無量に振り返ったりするんやろなぁ
あ、その後きっと『命名式』とかあるんやろな…
できれば"日本語名"がエエと思う、と思う、絶対。
(おぉっと脱線…もとい)
ちなみに、植林の杉は『 地杉 』て言うねんて。
(と、言われるそうです。)

ホテルの部屋の開け放った窓から
海風だろうか、心地よく部屋に入ってくる。
隣のベッドでは
うつ伏せの義弟が"爆睡"
「これがホンマの"爆睡"言うやつやな」と思うくらい寝ている。
僕は、既に備え付けの冷蔵庫の中の缶ビールを全て空けてしまい…
しかしながら、スキットルにて持参したウィスキーがあるのだ
それを、グィとやりながら
窓から聞こえてくる騒がしい程の虫の声と、
半ば叫び声か思う程の蛙の声をBGMに
僕はヘッドバンキング♪ジャックダニエル君と共に
(それでもまったく起きない義弟)
まったくもって、僕は
その夜を楽しんだのであった。

そして、旅は始まるのです

ススキの穂ゆれる高原のシエスタ 

『あの高原でシエスタ』日和です。
13092308.jpg

先日の台風18号により
本道の"櫛羅の滝コース"は崩壊箇所があり通行止めの表示
13092301.jpg
僕の歩く"秋津州展望コース"は
少しずつだけど、秋の雰囲気
"ミツバウコギ科"のこの木の赤い実は
熟して裂け、黒い種子を露わにしている。
緑の中に映える赤と黒のコントラスト
13092302.jpg
"役にたたない"という意味で
あの"玉になって泳ぐ猛毒の魚"と同名とかいう話しだが
どうだろう…
その名も
"権萃"ゴンズイ(又はゴゼノキ)
地方によっては、新芽や若芽を食用とされるらしいし
ちなみに、魚のゴンズイっちゅうのは美味らしいし ね。
ただ、"ゴンズイ"って名前
それを知ってこの実を見ると
何だか気持ち悪い気が、せんでもない
それも、
なんだか面白い。

展望がひらけた休憩場所はとても気持ちがいい場所
「こんにちわ、いい天気ですね」
13092318.jpg
そんな会話が楽しい。

木陰の登り道
足元に小枝
13092306.jpg
「いえいえワタシは
 "トゲナナフシ"です。
 背中にトゲみたいなん付けてますやろ?
 まぁ、タラの木やら、そないな痛そうな樹木の枝に似せてますのや」
なんてことは決して言わない。
「ワタシは枝です」
と固まっております。
"ナナフシ"の"ナナ(七)"は
大和言葉の"たくさん"って意味
"七曲坂"とかの"七"と同じや。
生態として、"擬態"も面白いけど、
まだまだ謎だらけの昆虫"ナナフシ"
しばらく観察。

落葉を力強く持ち上げる
力士"キノコヤマ"(そんな名前のキノコではないよ)
13092307.jpg
サービスショットですねん
秋の雨あがりの森は
色々なキノコのパレードだ
"キノコ観察好き"には、たまんないだろうな…

さぁ
"あの高原でシエスタ"です
13092312.jpg
その前に(ナハハ)
"高原ランチ"
13092309.jpg
青い空 秋風はそよぎ ススキの穂が揺れる
んな中での パン 美味いに決まってる 

さぁ(ごろん)

何ともな芒(ススキ)がもとの吾亦紅【子規】
13092311.jpg
われもこう
吾も恋う…
そう思って風に揺れる可愛い花を見ると
なんとも、あれだ
そう、あれだな
数多の人々の
様々なその気持ち『恋う』を想ふ

吾木香 すすきかるかや秋くさの さびしききはみ君におくらむ【牧水】
13092313.jpg
「いかがでござるか、殿様」
13092315.jpg
我が床(とこ)の隔(へ)に鳴きつつもとな起き居つつ 君に恋ふるに寝(い)ねかてなく
 【万葉集旋頭歌】

 僕はベッドで、しきりに秋虫が鳴くのを聞いて起きているんだ
 秋の夜長、僕は寝付けないままでいるんだ…あなたを恋うて
 か…ふむ
 秋、ススキ、
 そして、虫
 恋心…
 吾亦紅
  よいではないか
 ま、その"虫"というのは、
 我のことでなく、
 蟋蟀(こほろぎ)ですが 何か?」
 

そして、
僕は
目がさめた。

高原には
さわやかな秋の陽ふりそそぎ
やさしい秋の風は
ススキの穂
そして僕のすぐ側で咲く
吾亦紅の花を 揺らしていた。
僕は
ぐぃぃぃっと伸びをして
「あぁぁぁぁよく寝たぁぁぁっ」
ホント"あの高原でシエスタ日和"の今日でした
13092316.jpg
又、来ます。
次は"むかご"も色づく頃かな…

木洩れ陽の道を ゆっくり歩くねん

ダァァァッと写真

青い空が支えてるあの
ほら あそこ
あそこの高原でシエスタやねん
130630大好きな山
こないなこと↓なってました
130630 2
うん、誰かが安心できたりしてたなら
それでエエ

さてさて
僕が行くんは"秋津洲展望コース"や
130630 3
尾根道 木々の濃い緑から覗く エエなぁ
130630 4
登山道をふさぐ紫苑 ヒメジュオン エエなぁ
130630 12
めっちゃ嬉しそうに大合唱や 
歌声が聞こえてきそうや 
130630 122
トラノオ…
130630 5
ノジトラノオかな(しゃがんで野の花図鑑のページを開くナハハ)
"虎の尻尾"ってこんなんやっけ?

おわぁぁ エエなぁ
両手を上げてグィィッて伸び(してしまうよね?ナハハ)
130630 6
木洩れ陽の道をゆく
130630 7
木洩れ陽の道を ゆっくり歩くねん
130630 8
あ コメツキ虫やん
130630 9
この"米搗虫"君は、
天敵が来たら"擬死行動"をとるねん、死んだふり
ひっくり返るやろ、ほんで首のとこポンッちゅうて飛び跳ねて起き上がる。
それが"米を搗く"みたいやからコメツキムシ

赤い実は熟す
130630 11
紫陽花は本来の花の形
130630 13
僕は君の形がタイプです(ナハハ)

真新しい山靴を鳴らして♪
130630 10
真新しい山靴を慣らす♪
130630靴を鳴らす
エエ感じ

山頂の高原にて
「やぁてんとう虫君、こんにちわ
 隣、エエですか?
 今日は、ほんまエエお天とさんですな」
130630 14
山頂の高原で
おむすびを頬張る
130630 15
ごろんと寝転がって
シエスタ
寝転んで頭の後ろ側
あざみのビビッド
130630 16
アザミの花が揺れる横で
シエスタ
1時間くらい寝ちゃったな
ナハハ
さて、下りるかな

大好きな滝
又〃長らく遊び
130630 17
家路

はぁぁぁ 山 楽し♪

冬、かつらぎさんにおとずれる

熊笹のあの道は雪に覆われているだろうか…

薄い雪化粧の道を歩こう
1302101126
雪の白と笹の薄緑が綺麗なコントラスト
1302101127
見上げる空は青
1302101117
降りそそぐ冬の陽
1302101239
静かすぎる程静かな登山道はところどころ
1302101059
霜柱は、何でこんな形なんだろう…
1302101112
温かい紅茶が美味しい
1302101152
おおっ、何か、晴れ!
1302101218
大好きな滝の氷瀑も陽を反射してキラキラ
1302101311
そして
130210beer
楽しい時間を過ごした後は
楽しい麦酒の時間なのです。

はぁぁ 麦酒 楽し♪
あ…
はぁぁ 山 楽し♪
ナハハ

二日目の空の色 だいすきなあのばしょへ

よう
二日目の空
130102空

さてさて 
"大好きなあの場所へ"
写真が多くなってしまったので
ダァァァッと

坂をのぼり
吉水宗信法印公の墓へ
深々とお参り
13010211077
"吉野建て"の家々の連なりは、なんだか面白い 
1301021122
右手の茂みに見えるのは"いと見晴らしのよき場所"であろうな…
両手を上にあげて手を大きく振ってみる(ナハハ)

"水分(みくまり)神社"
1301021128
お詣り

"金峯神社"
1301021153
"金山毘古神カナヤマヒコノミコト"にお詣り
澄んだ空気に響くのは
僕の拍手の音

右手の小道をゆく
1301021129
愛染宿からまっすぐ大峯奥駈の道へ
杉の木立ち 尾根道を歩く
1301021201
静かだなぁ…
この景色が見たくてさ
1301021209
エエなぁ
青根ヶ峯を登頂し(ナハハ)
もと来た道へ折り返す
かつての"四方正面塔"跡には
1301021229
渡り鳥かなぁ…可愛い鳥達が地面にゾロゾロいて
何だか面白い光景
そぉっと近づいて
手が届きそうって、おもわず鼻息してしもたから
一斉に ぶぅぅううわぁぁぁって
いやはや大迫力でした
ゴメンネおどかしてしもて
"苔清水"とくとく
1301021234
冷たい水で顔をを洗う
めzちゃ気持ちいい
さて
大好きな場所へ
西行さんに新年のご挨拶をする
1301021238
大好きな場所で"ランチタイム"♪
メニュウは、"餅"
1301021252
"八甲田山"って小説を思い出したりしました
これが…いける!ねん
新聞紙に包んだ餅はしっとりを保ち
なんか、感動…。
ご馳走様でした。

正月の"西行庵"はひっそりと
1301021311
エエ感じや
又、来ます。

今夜は、江戸時代"鉄砲"なんて物騒な呼び名で呼ばれた旨い魚
ご馳走になった~♪
いや、実に旨い
もちろん
130102ふぐちり
香ばしい酒に
舌鼓♪

ひやぁ お正月 満喫な一日を過ごしました!♪
ありがとう

秋晴れの空 ススキ揺らす風 シエスタの僕 葛城高原の真ん中で昼寝

秋の空の今日
あの木洩れ陽のトンネルを抜けて
121008秋の陽射しふりそそぐ
あのススキの穂 揺れる あの高原へ
121008すすきとそら

僕は、この尾根道を歩くのが好きだ
121008あのこもれびをぬけて
右側に広がる"杉植林"
そして
左側に広がる"ブナ林"
なんだか面白いんだ

落葉の中に、赤いの
121008こもれびのみちもすこし秋めいて

見上げると
121008あけびが色づきはじめましたよ
もうすぐ弾けて、白くて甘いの


蔓を目でたどると
121008むかごごはんたべたい  ナハハ
これのご飯が食べたいなぁ…

秋の花、"ツルニンジン-ジイソブ(爺そぶ)-"
121008じいそぶって お爺さんのソバカス
『そぶ』は"木曽の方言"で『そばかす』って意味
だから
"お爺さんのそばかす"…
小ぶりな"バアソブ"って言うのもあるんだってさ(ナハハ)

"ツリフネソウ"の花は、金魚みたいだ
121008つりふねそうが群生で咲き乱れていました
群生で咲いているのを見ると、『金魚すくい』を思い出しました。

"サラシナショウマ"
121008秋の花
木陰に咲くこの花の色は、
ハッとする程に
すごく白い。

足元の
いがいが
その間から、つやつやの栗色、かわぅぃぃネ、君。
121008いがぐり と うに って何か関係あるのやろか
見上げる栗の木
葉々の間から降り落ちてくる陽が綺麗だ

帽子をかぶったどんぐり君も
脱いじゃったどんぐり君も
121008どんぶりこ
かわぅぃぃネ

「ちょっとゴメンね、通るからネ
何もしないよ、大丈夫」
121008お腹が少し大きいのかな
先ほど出会った1匹は、スゥと茂みへ消えていったのに
今度の彼女の動きは数段遅く…
右側の坂を登ったんだけど
慌ててたのかな…転がって、僕の目の前に戻って来た。
「お おぉっ!」
思わず声もでるのだけれど…。
その、転がった時の彼女の体型がね、
彼女のスタイルが
まさに"つちのこ"みたいになってた
まるで、体を縮めて膨らませて保護するみたいに…お腹。
もしかすると幻の動物"ツチノコ"って…とか
"夢のない事"を想像したりしてネ(ナハハ)
「わかった。ゆっくりでいいから、お行きよ、
 僕はココで、じっと君が行くのを待ってるからさ」

お昼は"探検隊ランチ"なんだ
121008焼きそばロールは探検隊の証し
そして食事の後は…
こんな景色だ(ナハハ)
121008食後の景色は フフフ
高原を渡る心地よい風と、
揺らすススキの穂が擦れあう音…
ZZZZZZZzzzぅ
だぁいぶと眠ったなぁ
"至福の高原シエスタ"なのだな。

移ろいゆく季節の度に表情を変え
訪れるたびに新しい発見があったりして
僕は、大好きなんだ、この山のこと
121008大好きな山 かつらぎ
とホント思うんだな
それに…
121008この一杯というもの
この一杯というのはホンマに
大好きなんだな
とホント思うのだな
ナハハハ

はぁぁぁ 山 楽し♪

「さぁ ゆくか」 大峯奥駈道…八経ヶ岳へ

風と雨が天幕を叩く音で目覚める。

よう

温かい珈琲を淹れる。
120916朝の温かな珈琲
雨だな…。

天幕の前室でパスタを茹でる
"山のあさごはんのじかん"
120916山のあさごはんのじかん
そやけど、山で食べる"麺"ちゅうのは、なんでこんなに美味いんやろか…

「さぁ、ゆくか」

小屋横の道
立ち枯れの木々の間を下る
120916立ち枯れの木々

鞍部コルには
"古今宿ふるいまじゅく"
120916古今宿あたり
耳を澄ますが、池ノ谷の沢音は、雨の音の中。
そこから、少し登り返すと

"天女花"
"オオヤマレンゲ"の自生地。
花の咲く季節には、賑わうのだろうな…
ここは、天然記念物指定地として
動物からの防護フェンスが設けられている。
フェンス扉を開け立ち入ると、
120916オオヤマレンゲ保護のフェンス
なぜだろう、空気が違う気がした。
こう言う事じゃないだろう…別の手立てを考えて歩くのだけれど…。
120916古今宿

フェンス囲いから出ると稜線の小さな岩場の登りになります。
120916谷の風景
谷からの風が、雨を下から吹き上げ顔にあたるのは、
少し痛いけれど、少し気持ちいい。
120916谷からの風が体をはがしそうだ

八経ヶ岳(1915.11m)の頂に立つ
120916八経ヶ岳山頂
(八剣山はちけんざん、仏教ヶ岳とも…法華経八巻または石鉢に納めた教を奉納された、とか)
120916八経ヶ岳
谷から吹き上げる風と霧の景色の中
僕は、錫杖の立つ岩の上に立ち、
そして、両手を広げる
天に向かい飛ぶような感覚…
僕はこの山の一部だ。


しかし、素晴らしいテント場だった。
雨降る中、天幕を撤収し
120915天幕を撤収し

「さぁ、ゆくか」

雨に濡れる"聖宝八丁"を下る。
120916聖宝八丁の坂を下る
森をゆく
120916 しっかし人と会わないなぁ…
120916大峯奥駆道のきのこ 妹への写真

ここが
120916 であい よ であい
です。

尾根を下り
120916 駆けぎみです
木橋まで下りました。
120916木橋まで来ました

帰路につきます。
そして、僕は、
行者還トンネルを走りながら
120916トンネルの
「…あれ?あの『不思議な感覚』のこと考えていたはずやねんけど…」

と、思い出してハッとした。

「さぁ ゆくか」 大峯奥駈道…弥山へ

あ・・・この感覚だ…。

“大峯奥駈道”を歩く度に、僕はこの『ある感覚』を感じる。
しかし、いったいそれがどんな感覚なのか…上手く説明できない。
120915大峯奥駆道の上で感じる
それを感じてから、それが何なのかを、考えながら歩くのだが…、
しばらくもしない内に…
その『不思議な感覚』は、僕の全身に浸透してしまったかのような…、
なんだか、ここちよく…、
まるで、山に抱かれているような…。

そして、
「…あれ?あの感覚のこと考えていたはずやねんけど…」
と、思い出してハッとするのは、
いつも下山後のことだ。

『不思議な感覚』と思っているもの…、
それは、実は『森』であり、
『森』が、僕の中に浸透する。
それが皮膚をつたい、そして胸の中まで浸透した時、
それを『不思議な感覚』と感じるのだろう。
やがて『森』は、僕のすべてを包みこみ、
『僕』は『森』に取り込まれ、
『僕自身』が『森そのもの』なってしまっているのではないだろうか…。

ちょうどそれは、
地を埋める苔の深い緑色が、
横たわる太い倒木を、やがて包みこみ、
そして、その全てを地面に取りこんでしまうみたいに。
120915大峯奥駆道の森
苔のしっとりと濡れた深い緑色は、
静寂の森に艶を放つ。

ここは、幽玄の森、大峯奥駈の道。



―2012年9月15日 弥山へ―

R309の林道を抜け、行者還トンネル西口の駐車スペースに車を停めエンジンを切る。
エンジン音が消えると、「ああ、山の中だ…」と実感する。
助手席に置いたルックザックから、記入した登山届けを取り出し、
登山口脇の登山届け用ポストに入れる。

「さぁ、ゆくか」

谷川のせせらぎ降る小道を歩き、小さな木橋を渡る。
右側のブナの森は、奥へ吸い込まれてしまいそうな程、どこまでも深い。
左側の石楠花の林を見て、花の歌う季節を想いながら進むと
すぐに尾根の急登に差し掛かる。

尾根の覆う木の根は、まるで生物のようだ。
地表にうねり生える根を跨ぎ跨ぎ登る。
120915尾根の登り 木根の道

尾根と尾根の出合いが、大峯奥駆道との出合だ。
生い茂る葉の間の見上げる空から、葉と同じ形をした陽の光が降る。
120915奥駆道の出合から見上げる

ここ標高1600m辺りは、"弁天ノ森"と呼ばれるそうだ。
120915弁天ノ森
"石休ノ宿"には、碑伝(ひで)が奉納されていた。
“靡(なびき)”となっているのだろう。
森の名の通り天女、辨財天なのだろうかな…
深緑の苔の地面から突き出した岩を見ると、
なぜか、僕は、あの青い蔵王権現を感じた。
120915弁天ノ森にて
―靡(なびき)というのは、
 修験道者がその御場所にて礼拝や、護摩焚き、又、岩行、水行などの修行する場所のこと―。

奥駆道を歩く
120915花の色、そして、その内に秘めたもの…
120915弁天の森から
120915倒木に

"聖宝しょうぼうノ宿"(又の名を"講婆世こばせノ宿")に着く。
その場所には、平安時代の真言宗の僧”理源大師(聖宝832~909)の像”が祀られている。
120915聖宝の像
この聖宝が、"大峯山中興の祖"といわれる所以は、(諸説あるのだが…いつもの事だ)
その昔…、
役行者の大峯開山から200年ほど経った頃のお話し…、
上多古の上流、大峯の阿古滝に現れる大蛇は、修験者を襲った。
修験者は恐れ、長らく道は荒れ果てていた。
宇多上皇からの、"大峯山復興の勅命"が、聖宝にだされる。
…世は末法思想、救済の為もあり、御嶽詣(金峯山)の参詣は上皇にとって必要なものであった(のだろう)。

64歳の聖宝は、奈良蕗畠郷に住む山岳ガイド”箱屋勘兵衛”と共に
"鳥栖とりすみ山"の山頂に登り、そして、祈祷を始めたのだ。
聖宝の鳴らす法螺貝は、峰〃に響き渡り、
それはまるで"百の法螺貝ごとき音(その後、鳥栖山は百貝岳(百螺岳)と呼ばれるようになった)"。
その響きに誘われ現れた大蛇を法力で呪縛。
すかさず、先達の箱屋勘兵衛が持つ大鉞で斬りつけ退治した。
そして、大峯修験道は復興したのである。

今も、鳳閣寺ほうかくじには、大法螺貝と蛇骨が寺宝として伝わるそうな。

ということだそうな、だそうな。

余談だが、聖宝、古今和歌集に、この様な歌も残しておられる。
は・る(春):なの中 目にあくやとて わけゆけば 心ぞともに 散りぬべらな【古今和歌集】
聖宝について、長なってしもた…ま、この辺で。

さてさて、その先、登りにさしかかる。
この急坂は"聖宝八丁"と呼ばれる
(わ…又、聖宝大師やがな、フム、こっちにしよ…)
八丁やから872m!とか、そんな論議はいらんよ、
『八』やもん、『めちゃくちゃ長い』言う事や。
坂の後半は、ガレの急斜面やけど、木の階段、鉄梯子で整備してくれてはる、感謝。
聖宝八丁の坂後半の木梯子階段
(そやけど、僕、階段はやっぱり好きやないなぁ)

鉄梯子を上ると
白い霧の間に浮かび消えしている三角屋根…
120915弥山小屋
"弥山小屋"だ。

小屋前の木製ベンチにルックザックを降ろす。
小屋へテント場の受付を願いに向かい、
『ご用の方は』のインターホンを押す(ナハハ)。

"国見八方睨"
120915国見八方睨はこっち
苔の絨毯
120915国見八方睨 苔のキラキラ
草にキラキラと水滴が輝いている。
120915 キラキラ

その素晴らしい場所に、
120915苔キラキラ
天幕を設営する。

小屋の横の鳥居をくぐる。
谷から湧き上がる濃い白の霧、
立ち枯れ白い樹々
120915立ち枯れの樹ゝの景色
バランスを崩した自然のサイクルか…
シラビソ、トウヒの立ち枯れ群に、空虚を感じるが
崩した張本人は我々なのだから…。

弥山山頂
"市寸島比売命イチキシマヒメ"を祀る、
"天河大辨財天奥宮"に参拝する。
役行者634~701 弥山山頂で弁財天を勧請…か。
霧に包まれた社殿に向い頭を下げる、
120915弥山 奥院
胸が熱くなる
…こみあげてくるこの思いは何なのだろうかな。

天幕の広場に戻り、
小屋で買った麦酒。
…しっかし、この”プシュッ♪”ちゅう音っちゅうのは、
なんとウキウキする音であるのだろうか。
120915贅沢な時間です

赤い葡萄酒、三角チーズ、そして、本
120915葡萄酒の宣伝みたいな写真や120915葡萄酒とチーズと本

コッヘルで湯を沸かし、夕飯の準備の時間
120915夕飯の準備

山のごはん
120915山のゆうごはん

なんと贅沢な時間なのだろうか。
120915天幕の夜

120915天幕

本降りになってきた雨、
天幕の中に入り込み、寝転んで読書を楽しむ。
…いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
天幕から顔を出すと、辺りは日も暮れかかる時間。

弥山の山頂はもうすっかり闇の中
120915おやすみなさい

ランタンの灯りを消し、
外に出てみる。
ヘッドランプも消してみる。
真っ暗で何も見えない、まさに闇だ
だけど、霧の白は見えるんだな…
不思議なことに。

おやすみなさい。

赤いハンチング日記

ニ日、とくおき出て、見わたしのけしきいとよきから見出せば、
空はすこしかすむれど、晴れたるに、
朝日のはなやかにさし出たるほど、木々の緑やうゝ濃くなりて夏ふかきけしき。

今日は瀧ども見にものせんとて、
おむすび、お茶、行動食にシリアルバー、ドライマンゴーなど持ちて出でたつ。
桜本坊などいふを見て、
勝手の社は…
120902勝手神社
このちかきとし焼ぬるよし。
今は…吉水神社におはしますを思ひて、をがみて過ゆく。

蔵王堂より十五六町あたり、左に石段あり。
吉水宗信法印公の墓にむかひて、深々とあたまをさげる。
120902行って来ます
獅子坂を登ったあたりにては、
義経の忠臣を想ひ過ぎゆく。
120902矢倉にて想い
水分(みくまり)神社にては、しづかに拝み奉る。
120902水分神社
なほ行て、大きなるあけの鳥居あり、二の鳥居また修行門ともなづくとかや。
左の谷のあなたのやまゝ見えたるなど、すべてえもいはず、おもしろき所のさま也。
120902朝の靄に
金御峯神社、金精大明神、今は金峯神社と申て、此山しろしめす神也とぞ。
120902金峯神社
脇より奥賭け道となりて、山路ののぼりにかかる。
どっこいしょとは、六根清浄より変はりたると、云いし人もあれど、
又、何処へしょよりとは、柳田国男のいふとかや。
いづれなりとも、けふもお山は晴天なり、
など、筆のついでに、かきつけつるぞ。
120902奥賭の道へ
なだらかなるのぼり道にて、野兎が駆けるを追ひかける。
三丁ばかり分け入りて、少したひらなる所にて、一丈ばかりなるいほりあり。
西行法師の、みとせ住みたるとぞいふ、かりそめのいほりにて、
しばし休む。
120902大好きな場所西行庵
とくとくと…
120902とくとくと苔清水
…いいじゃないの、その歌が法師がくちつきにあらずとも。
訪れしひとゝの、いにしへ偲ぶ歌であらむ、芭蕉にしてもさなり。
それにより、何かしら誰かしらに幸せをもたらすかどほか
それが、何よりも大切なり
…と思ふなりん。
さきをいそぐ
奥院の四方正面堂跡の平たなる所に立ちては、
宝塔院、蔵王堂、今は跡形もなく、
ただ、綿毛の漂ふ草地なり
120902この場所がホントは西行庵ではないだろうかといつも思う
安禅寺の跡の杉林を過ぎゆき、
愛染宿茶屋跡までかへりて、御嶽へまうづる道へかゝり、
三町あまりもきつらんと思ふところに、
愛染の分岐、山上辻あり。
しるべのいしぶみたてる道を、左へ分れゆく、
御嶽の道は、『これより女はのぼらず』とぞ。
120902青根ヶ峰
青根ヶ峰の頂を踏みて、東の車道に出でぬる、
今は一重の蹴ぬけ塔のかた、一丁ばかりもなきほどの、山路にかゝる道に入りて
120902青根ヶ峰から舗装道路を金峯神社方向へ少し歩くと右手
ちひさきしるべの木ぶみの大滝、西河(にじこう)かた、
右につきたる細き道へわかれ、下り行く
120902曲がってすぐに右手のこの道標に従い右の細い下り道へ
杉、いづこにもおほくうゑ生えしたる…たちのびて繁りゆく
120902杉の植林を下る
吉野山のならひとて、桜を切ること、いみしくいましむる
これ、神のをしみ給ふ故なりとこそいふなるが
かく杉うゝるこそ、桜はその陰におしけたり
伐よりも桜のためにはこゝろうきわざと

僕も同感、
いにしへは、うゑ生えし杉林もあらず、かの山ゝの桜までも、あまた見へたり、と思へり。
杉の花粉症も、是いかに。
そないにおぼゆる
されど、杉の木に悪意はあらざらん、又、うゑ生やし人ゝにもあらざらん。
…などと思ひ歩きければ、
山路を右に曲がる角にて、
鹿と、ばつたり出逢ふ。
神のつかわしめした鹿であらふか…
鹿、すこし離れてこちらを見やる

鹿とかたらふ

鹿が、ぴぃう
僕が、ぴぃう
鹿が、ぷゅぅい
僕が、ぷゅぅい

はい、次、鹿の番…

とつじょ、えもいはず大きなる声にて、 
ぴぃやぁぁぁっ!と嘶き
きりたつ峯を駆けあがり消えゆく
120902曲がると遭遇 ビックリした…僕も、君も
びっくりしたなり。
くやしく、僕も負けじと、
ぴぃやぁぁぁっ!言ふてやる。

後は、たゞ、静寂のこるのみ也けり… 

傍らに咲く野花に足をとめ
120902野に咲く花はいい
せせらぎのいと美しき、かわむつの泳ぐに、しばし足をとめる。
120902清らかな水だな
120902清流には
板橋のかゝれる此川を音無川といひて、
月毎のはじめなからは上津瀬に水といふものなく
後の中からは又、下津瀬に水無しとかや
さて上より来る水はいづちかにしてながれゆくぞといふに
石のはざま砂の下などへやうゝしみ入つゝなくなりては
はるか下にいたりて又やうゝにわき出つゝ流れゆく也 といふ。

続きもありしが、ここまでをかき写すとする。
板橋を渡り、
120902杉の林を歩く歩く
杉の林を、音無川にそひて、やうゝくだりゆく
120902音無河を低く見て歩く
山道は車道に変はり、端に野花おほく咲くを楽しむ
120902舗装された林道の脇に咲く花々を楽しみ
水道局の屋のあるを見れば、
手前左ガードレールのうしろに、草生い茂る中、下る階段あり
此、滝廻り周遊ハイキングコースなり
120902林道からはこの建物の横、ではなく、手前のガードレール裏に階段がある

あきつの小野公園、音無川にかかる橋の上にてみゆるは
赤蜻蛉
120902 あ、とんぼ
せいめいが瀧を見る
この見る所、螺旋階段を下りゆきいたる滝見展望の台は
ちかう滝のなからにあたりたれば、上下を見あげ見おろす。
120902瀧をながむ
今はなべて 蜻蛉の滝 といふ此滝も…
そもゝ此滝を清明が瀧としもいふは、かげろふの小野による名にて、
蟲の蜻螟ならんと云し人もあれど、さにはあらじかし。
里人は蝉の滝ともいふなれば、はじめはなべてさいひけむを、
後に清明とは、さかしらにぞいひなしつらん。
いま瀧のさまを見るに、かみはほそくて、やうやうに下ざまのひろきは、
蝉のかたちにいとようにたるに、なる音はたかれが聲にかよひたなれば、
さもなづけつべきわざぞかし。
又その蝉のたきはこれにはあらず、こと瀧也ともいへど、
里人はすなはち此滝のこと也とぞいひける。
そはとまれかくまれ、かの蟲の蜻螟はひが事なるべし。
かげろふの小野とは、かのあきづ野をあやまりたる名にて、もとよりさる所はなきうへに、
そのあきづ野はた此わたりにはあらじ物をや。

などと、僕の持参しつるガイドブツクには記するも…
執筆当時、持参なされたガイドブツク(和州巡覧記)では、
貝原翁は、どないな風に、をしへおかれたのだらうか…。
120902蜻蛉の瀧3
120902蜻蛉の瀧2

もぐゝと おむすび頬張る 瀧の音
120902おむすび山の向こうに蜻蛉の瀧
ほろゝと 山吹ちるか 瀧の音 【松尾芭蕉】 
笈の小文にて翁の西河を歌ひし、そののち、
蜻蛉が滝は、ただ名を記すのみにて、いづれをもかきつらまじこと、
いと惜し。
芭蕉翁は、どないな風に…?
など思ひつつ
かしこから写真を撮りめぐる
瀧のうへを見れば、水なほ上より落ち来て岩淵にいる。
この淵二丈ばかりのわたりにて、程はせばけれど深く見ゆ。
瀧はやがてこの淵の水のあまりて落ちるなりけり。
そこにて、泳ぐを想像す。
ざわゝとさぶいぼゝ。
120902蜻蛉の瀧1

ながらく瀧を楽しみ、かへり路にかゝる。
120902綺麗なんだけどなぁ…ねぇ、君
窟への路、
大岩をまきゆく道は、
手摺のやうゝ朽ちかけたさまと、落ち葉に埋もれゆく足元は、いとあやうし。
120902朽ちてきてるなぁ1
こころして進むべし
120902朽ちてきてるなぁ2
まもなく、聖天ノ窟につく。
その窟、間口八尺三寸、高さ十尺、奥行二丈四尺ほど
窟奥に神明造祠あり、天竜天大神を祀る、とぞ。
此窟は、役小角が大峯開山の前に、修行なされた所、とぞ。
120902聖天ノ窟
名を又、白蛇の窟ともいうとぞ…
振りかへると、
120902シュシュシュっていうてる
落ち葉の路、やはり、こころして進むべし
同じ道をかへり、音無川を渡る吊橋
120902吊橋をわたる途中に雨が
橋をわたるなかば、雨ふり出ぬ。
雨衣をにはかにとりいでゝうちきて、
同じ川ぎしを、やうゝにのぼりもてゆくまゝに、
いとふかき谷かげなりて、雨にて水おほなるもあれど、
左右より谷川のおちあふ所にいたる、音無川のけしき、いとおもしろし。
雨きよくやみて、杉の林に陽ふる也。
120902青根ヶ峰への帰路
高城山の展望手前にて、又、雨ふり出ぬ。
又しも、にはかにとりいでゝ、うちきるもいとわびし。
ぬぎつれどまたもふりきて雨ころもかへすがへすも袖ぬらすかな
まこと、さあるでがんす。

見わたしのけしきいとよき所にかへりて、
むかひの高く見やらる其山も、かたへの谷なども、
日も山のちかく成りぬれば、脇よりあたる陽によりて、やうゝあざやかに見わたされたり。
120902いとみはらしよき場所

さては日暮れはてぬべし
部屋へかへりて、晩御飯であるらむ。
だいこん炊いたん頂いたのん、
味、やうゝに染ゅんでて、
ほんまちょぉ旨ゝ也。
120902今夜のメニュウ
これまた頂き物の苦瓜にて、これ家庭菜園とか聞く。
たまごにて苦瓜炒めなるをしてみむ。
120902今夜のメニュウその2
めっさ旨ゝ也。
麦酒がすすむ ゝ 。
(ニャハハ)

おまけ:書込み地図
青根山地図20120902

ひゃぁぁ 山旅 楽し♪ 也。

まなつのかつらぎさんのそらのあおのしたのぼく

早々とお仕事を終わらせ
やっぱあの山へゆくのだ
デイオフだもの

緑は濃く
青は濃く
アノお山へ
120816葛城山へ
尾根道から谷を下り
登り返すと…
聞こえてくるんだ
鳥の鳴き声と
蝉の声の後ろに…
沢の音
とても心地良く
120816せせらぎの音はいい
山頂の空
青が濃い
「ひゃぁぁぁああ」思わず声にでる
120816山頂の空
いつもの場所にマットを敷いて
寝転ぶ
山頂の高原で風にゆれるクルマユリ
120816百合はええなぁ
昼食は"やきそばロール"
120816探検隊と言えば やきそばロールやねん

僕という少年が
まだ少年だった頃…

小学生の僕たちは
チームを組んでいた。
チーム名は"探検隊たんけんたい"だ。
町の東の端に位置する7丁目(だか8丁目だか)
そのフェンスから"農林センター"に進入
僕たちの"羊歯シダの化石の採掘地"でもある貯水池
その脇を周り
コナラの並木道の脇から
道もない森林へ入る

太い幹の広葉樹
三又に分かれた幹の上に
僕たちは板を並べ
トムの冒険の本で見たツリーハウス
そこが
僕たちの"秘密基地"だ。

僕たちはそこに集った。
それぞれ食料(昼食)を持参して。
基地で食べる昼食
それがどんな味だったかは
憶えていないけれど…
隊員たちの定番メニュー
それが、この"焼きそばロール"だったこと
それはしっかりと憶えている。

…何でだったのだろうな?

だから、今も、
"焼きそばロール"
店頭で目にすることは少なくなったけれど
それをみると
あの"秘密基地"と
"夏の陽射し"
そして
"漆(うるし)にかぶれた太もも"を思い出す
僕は"半ズボン"だったんだもの
ん?"半ズボン"って今、言わん?
ショートパンツ?
いやいや、半ズボン半ズボン。

ま…半ズボンの話題は又いづれ
さてさて
ゴロンとなって
本のページを開く
本の背景は"青い空"なんだなぁ
なぁんと気持ちの良い読書♪
120816これをしに来たのだ

長らく山頂の高原を楽しみ
そろそろ下りるか…

ブナ林からスギ林をあるき
木々から降る光の美しさ…
120816植林の木漏れ日
そして
大好きな場所
"櫛羅の滝"
120816kuzira
又々長らく居るのです。
滝の場所っつうのは
ホント涼しい
そして
鳥の声
蝉の声
その後ろに
滝の音色

ひゃぁぁ 山 楽し♪

いしづちさんにおとづれる

黒瀬ダムの手前の道
道幅が狭くなり
現れる鳥居
120726鳥居をくぐり

ロープウェイ乗り場の歓迎アーチの雰囲気
120726ロープウェイ乗場へ
左側の駐車場(500円と良心的だ)に停め
右側の階段を登る

登り"山頂成就駅行き8:00始発"ロープウェイ(往復1900円)
進行方向の開いた窓から、朝の山の空気が心地よく吹きこみ
眼下の駅舎は、ぐんぐんと小さくって
目の前に雄大な四国山々がパノラマに広がる
乗車時間8分間の車窓は楽しい
ロープウェイのデザイン何だかええ感じ

石鎚神社成就社の山門(神門?)が登山口となる
120726ココから山登りの道が始まります

"ツガの大木"を抱く、耳をあててみる…そして見上げる
120726ツガの大木に耳をあてる
…やっぱり
木に優しく抱かれているのは、僕の方なんだなぁ…

峠にさしかかる場所の
石鎚山が目の前にそびえるはず景色…
濃い霧の切れ目から見え隠れする山の姿は
120726霧
とても神秘的だ
…そんな時、ふと、足もとからの視線を感じる
咲いているノアザミの可愛い紫色の花と目が合う。
120726アザミの

夜明峠(よあかしとうげ)
120726よあかしとうげで小休憩
まだロープウェイも未開通の頃、
修験道者、登山人達はこの峠で夜を明かしたそうだ。
当時の人々の、ここで過ごした一夜、思いながら、小休憩

"一ノ鎖"
120726 一の鎖
"二ノ鎖"
120726 二の鎖
二の鎖を登る
"三ノ鎖"
120726 三ノ鎖
三ノ鎖を登りきると石鎚山

"弥山みせん(1974m)"山頂です。

山頂の"石鎚神社奥宮頂上社"へ参らせていただき
石積みの上のお地蔵さんの横から
"天狗岳てんぐだけ"を眺む
120726弥山から
そのすぐ脇の岩場を降り
尾根づたいに岩場を渡り

"天狗岳1982m"山頂に立つ

天狗岳山頂"石の祠"から先に見えた"南尖峰"は
120726天狗岳から三の方向
谷からの雲が流れ、とても神秘的な姿だった。

"天狗岳"から"弥山"を見返す
120726天狗岳山頂から

"弥山"の山頂に戻り
"西ノ冠岳"を望む南向きの谷側に腰掛け
120726谷を真下 腰掛けて
お昼ごはん
ごらん…"おむすび山"の向こう"ニノ森"が見えるだろ~ナハハ
いつか縦走してみたいなぁ…
120726これがおむすび山だよ

山頂では"蝶"が、沢山、舞っていました。
花の季節だものね
僕の頭の周りを ハラハラ ハラハラ
120726ちょうちょ
頭に巻いた手ぬぐい
花の色と同じ"白色"だったからね
"花"ではなくて"鼻"に
とまりそうなくらいだったね…ゴメンネ

山頂で、けっこう長い時間楽しんだなぁ…
さて…
下山とするか

鎖で降りるかなぁ…
(それぞれ"登山道・巻き道"も勿論あるヨ:一般的には下りは"巻き道")
"三ノ鎖(67m)"を降り
鎖で下りよっと…
(鎖は登り降りと設置されています:左側通行)
"二ノ鎖(65m)""一ノ鎖(33m)"
うむ、やっぱ、
鎖で降りよう…
鎖で下りよっと 二
鎖で下りよっと 一

"石鎚山"
修験道の山…
役小角が開山したとされるこの山には
"山岳そのもの"を神霊とし
畏怖し、そして尊崇する"山岳信仰の山"として
多くの人々が、登り続けてきたのだ。

僕は
岩稜の中腹で
太い鎖にぶら下がったまま実感していた。

"石鎚の鎖場"というものは…
"大峯の修験道"で"靡(なびき)"と呼ばれる行場(修行場所)と同じであり、

"鎖場"は"鎖場"でも、一般登山とは意味が違う。

やはり、"修験"
徳を験さんが為
"六根清浄ろっこんしょうじょう"
"眼・耳・鼻・舌・身・意"6つの根を洗い清める
"石鎚の鎖場"は
その為の"行場"だ。

"ズ太ぉい鎖"に染み込んでいる
"願"と言うか…その"志"というか
そんなもんが、鎖から
僕の手の平にむかって、ガンガンと伝わってきた。

ぶら下がりながら
…そんな、
気がしていました。

そして
ぶら下りながら
見渡す山々は美しく…
四国の山々の奥深さを感じました。

"八丁坂"
登山をされない方の"遥拝場所"の"鳥居"まで戻りました。
鳥居まで戻りました
"石鎚神社成就社じょうじゅ"にて
無事下山のお礼のお参り
拍手の音がすごい反響したなぁ…

さてさて!
僕が知っている、唯一特別な"山の挨拶"!は
ある山の
「ようおまいり」
だけかと思っていた…

そしたら なんと!
ここ"石鎚山"登山道での挨拶が
「おのぼりさん」
「おくだりさん」
石鎚山での山の挨拶
なんと!

で、どっちがどっちを?と
独り悩み登ったが…
幸い、比較的に早い時間で登ったので
下山者とは会わなかった。

山頂で神社の人に問うてみると…
僕が、登っているとしたなら、下山者に対しては
相手のことを呼ぶ「おくだりさん」で正解だそうだ…
(僕は、自分を名乗るのが真っ当だろうと考え、危うく反対を言うところだったが…ハハ)

で、下山途中、登ってくる数組の方々とすれ違う時に

「おのぼりさん」

…最初は、何だか言った後で
ん?…おのぼりさん?…ププッ
みたいな"子供じみた照れ"?があったが
それも3回目くらいからは、何だか
どのイントネーションがいいのかどうか試してみるが…
何だか益々わからなくなってきた。
そんな時、
木々の生い茂る薄暗い登山道の先から
白装束の年配女性が独り…
小柄な方だけど
どこかしら"何度もこの石鎚山に登られている風格"
かもし出している女性…

僕は
「おのぼりさん」(…?)
挨拶をする
すると

「おくだり さ ん」

なんと…!!
なんと心地よい
違和感のない…

そうだ、"挨拶"なんだ
…その意味だ
"挨"も"拶"も『ぴったりぶつかる、すれ合う』だ
なんと僕は"心無い挨拶ごっこ"をして下山していたことか…

その"挨拶"に
胸をうたれた僕は
そのあとしばらく
感動しながら
下山したのでした。
ニャハハ

サービスエリアから立ち寄れる
日帰り温泉で汗を流し
温泉で汗を流して
ふぅ、気持ちよかった

はぁぁっ 山 楽し♪ 石鎚山、エエ山やわぁ♪

さて…
帰阪です
結構な距離です
ナハハ

嗚呼…山旅 2012  :  5日目 ありがとう穂高よ そして

夜明けの山荘
山靴を履く
朝 穂高山荘を発つ
急峻なザイテングラードのリッジ
そして
獅子岩下の固まった雪渓を下った僕たち三人は
カールのテン場を見下ろす"涸沢小屋"テラスのベンチに腰を下ろす
よし"穂高山荘"のお弁当を食べよう!だ
穂高山荘のお弁当
むぅっ!これ "鮎・ちらし寿司"
「めぇっちゃ、美味やんかぁ」でした。

そして
いよいよ"テン場"に戻って来たのでした。
僕のテントに向かって
「おぉ、おぉ元気だったかい?
 風、ずいぶんやったけど、大丈夫やったか?」
と、張り綱を触ってみて、張り具合をみるも
…むむっ?

"シャトー状態"?
とでも言うのでしょうか…
僕らの天幕は、H30cmほどの"高床式住居"と言うのでしょうか…
周りの雪面よりも高い位置にあるのだ。
~説明しよう~
天幕をつたう雨は、天幕下部分の雪は融かさず、周りの雪を融かした。
のである。
撤収後の"天幕跡台地"
(手前が僕の"遺跡"で、奥が"弟遺跡" ナハハ)
テント撤収の後地…高さ300mmの台地だ
面白いなぁ…けど、連泊で雨が続けばどうなるのだ?
"山城・シャトー"はたまた"天守閣"になるのだな、きっと。
『ポカァンとクチを開けてテントを見上げる姿』を想像してみる
キャハハ

天幕にぶら下げていた"プレート"をポストに返却
テントの幕営許可プレート返却ポスト
お世話になりました。

涸沢ヒュッテのテラスで珈琲の後
カールの雪渓を下って
涸沢の雪渓をくだる

"本谷橋"を渡る頃には
陽が射し…
木々の緑が眩しく

「ああ、そうだ、
今って、夏だったな…」

"横尾"の山荘で"やき鶏どんぶり"をいただき

"徳沢"では…
「下山路の"徳澤園ソフトクリーム"は、また格別やなぁぁ♪」
でして
(ニャハハ)

"明神"を過ぎ

"河童橋"

梓川のセセラギを聞きながら
すっかり雲が外れた景色
その稜線を見あげる僕たちは
無言だった
さらば 穂高よ
そして

「さらば、ほだか…また逢う日まで」


松本から汽車に乗り込み帰路につく
松本駅から汽車に乗って

"穂高"
何と魅力的な響きの名前なのだろうか…

一年前の夏に計画したこの山旅は、こうして終わりました。

考えてみると、
僕はこの一年間、ずっと、この日の事ばかり考えていた様に思う。

待ち遠しいばかりのそんな日々、それもとても楽しかったなぁ…
そんなだったから、"山道具"は日々増えていき、今や僕の部屋は…ナハハ

"山旅"って…
"街の日常生活"に戻っても、
気持ち的には、しばらく、ぜんぜん終わらないから(僕はね)
2週間経った今も、僕の目に前には、まだ、あの景色が広がっていて…。

もちろん、お山の天候は、書いたとおりだったのだけれども
"そんな表情の穂高の時間"
その中で過ごすことが出来た。

ホントにホントに素晴らしい山旅だった。

この山旅中に、何度
『なんて幸せな時間なんだろうか…』
と考えたか知らない。

憧れの穂高

何よりも

そこで、父親と一緒に登山できた事。

感謝、
ありがとう
ダーバン

よし
さぁ、歩いていくさ
穂高よ、また来るからねぇぇぇぇっ!
だって
この今も、あの山は雄大にそこに聳え
これからも、悠々とそこに聳え続けてゆく
のだから

嗚呼…山旅 2012  :  4日目 ほたかへ…

涸沢の谷
7月15日
吊尾根の曳く白い裳裾の雪渓に
新しい朝が訪れる

ひと晩中
谷を暴れまわる強風は僕達の天幕を揺さぶり
雹(ひょう)かと思わせる様な大粒の雨が叩いた。
まるで
僕たちが眠りにつきかけたのを見計らうかのタイミングで…

-バババババ-

「すごい音やなぁ…雨?…か?」

やはり、眠れずにいるんだな…

「いぃや、風ぇ やっ」

-バババババ-

「又、風か?」

「いぃやぁ、今度はぁ雨ぇやぁ
 止まへんなぁ…弟のぉテントぉ、大丈夫ぅやろかぁ」

AM4:40
朝テントから出れず…
夜の明けた今も暴れる風はおさまらず
天幕の外に出るのにも、心構えが必要なほどだ。

シートの隙間から外の様子を窺う
強風の中、天幕を撤収している男性が見える
彼の両手が掴んでいるのは、斜め45度上方を向いて勢いよく泳いでいる"鯉のぼり"…
否、暴れる風に略奪されそうな"フライシート"を必死で掴んでいるのだ。

少しばかり治まってきた風
カールの荒れ模様
僕たちの天幕
そして
僕たち
今、全ては"雲の中"なのだろう…

~~~~~~~~~~~~~~~~

よう

吹き荒れる強風の朝です
こんな雲の中、そして
雪の上での
朝のメニューはぁ~ぁ!
"EM(イングリシュマフィン)サンドイッチ・涸沢カール・スペシャル・テント泊の朝バージョン"♪
120715朝ごパンはこれだ!このメニュウかて考えに考えたんだよ
さてっ!
"イングリッシュマフィン(後はEMと表記)"は決して潰れないように!
"コッフェル(お鍋)"内に収納しパッキング(荷造り)しましょう。
その場所には、通常ならば収納されるはずの"バーナー"や
その他、"ガス缶"や"カトラリー"等からは、抗議の声が出るかも知れませんが、
そこは、"今回の主旨"を根気よく、何とか遠慮いただけるように説得した上で、"EM"に譲ってもらいます。
そうです、今、あなたが"コッフェル内"と言う空間が、どれ程までに"特等席"なのかを実感する瞬間です(僕はそうでした)。
次に、この時期の難問でもある"野菜類"についてです。
特に"レタス"などは、仮にカットして運ぼうものなら…
開けてビックリ、そして、肩をガックリ、となる事必須です。
…という事で
"丸ごと運ぶ"ことになる訳ですが、
"生かして運ぶ大作戦"です。
まず、芯の部分を湿らせたキッチンペーパーで覆い、その上からラップで包みます。
"胡瓜"もキッチンペーパーとラップです。
単純ですがそれが長持ちさせる手立てです。
その上で"ジップロック"に入れますが
僕は、そこに殺菌効果のある"生姜の小片"と"赤唐辛子一片"を一緒に入れます、
それは、まったくの"気休め"かも知れません、ま、"オマジナイ"みたいなものです。
"スライスチーズ"と"ハム"は、"保冷剤"(これもオマジナイ)と共に簡易クーラー袋に入れます。
"ハム"は今回、訳あって、普段は買わない"赤いハム"のチョイスです。
"マヨネーズ"は今回、訳あって、"辛子マヨネーズ"です。
EMは、本来バーナーでこんがりトーストする予定でしたが…
しかし、こんなに荒れる強風の朝ですから、「そのままでもいいじゃん♪」です。
さぁ、爽やかに具材を挟みましょう♪
さぁ、笑顔で大グチ開けて
食べましょう♪
ね?エエでしょう?
ね?…


『"この場所"で、"このサンドイッチ"を食べる』
と言ような"深ぁぁい意味"
…なのでしたが …うぅ…
それでもっ!僕は、感動しながら食べました♪!(微妙~)
行ってきます行ってらっしゃい(でしょうか)

~~~~~~~~~~~~~~~~

そんな中
"北穂高岳"へ向け発った僕たちだったが…
北穂高に向け…
吊尾根の岩盤前に建つ涸沢小屋で、
北穂高岳より下山して来た人から"北穂山頂付近の状況"を聞いた僕たちは
ルートを"奥穂高岳"に変更したのだった。

涸沢小屋の脇からの登山道は、すぐに雪渓の登りとなり…
獅子岩に向かう雪渓
時折、真横から吹く突風は、僕たちを揺さぶる
眼下の見えるはずの涸沢テン場は、濃い霧の中…突風に曝されているのだろう
僕らの天幕は大丈夫だろうか…
テン場を見下ろす
雨の絡んだ風が、露出した顔を叩く
僕たちは停滞し、頭を低く下げ、風が少しでも弱まるのを待つ…
そんな時間が増える。
時折嵐
獅子岩の下を巻いたルートのガレ場は
浮石(安定していない石)も多く、落石させないように慎重に足を置く
獅子岩下を巻くガレ場

ザイテングラード手前
谷に深く切れ落ちている雪渓をトラバース
トラバースした雪渓は深く落ちている
雪渓をトラバース
"ザイテングラード"の取り付き
ザイテングラード取りつき
登る岩嶺の支稜線〈seitengrat〉の岩は濡れ

岩間で"ハクサンイチゲ"の花が一途に咲いている
hanahayureru
しばし手足を止め
何でだろうネ
嬉しくなる。

ザイテングラードを登りきり
雪渓を少し歩くと"穂高山荘"に着く
奥穂高岳へ…
いよいよ"奥穂高岳"だ


-奥穂高岳登山ノ記録- 
平成二十四年七月十五日
父上、弟、私、計三名
親子登山

穂高山荘脇ノ残雪ヲ渡リ、
奥穂高岳ノ核心部ニ取リ付ク。
岩壁ノ登リ、連ナル鉄梯子ヲ登ル。

ガス深ク、正面ノ涸沢岳モ、北穂高ハオロカ
直下ノ穂高山荘ノ赤屋根モ、見エズ。

岩ヲ巻ク鎖場ヲ急登。
谷ヨリ吹付ケル暴風、暴雨激シ、
時折襲ウ爆風ニ、岩ヲ掴ミ耐エルコト数回。
ガス相変ラズ深ク、前方、幽カニ見エル、ツルム上ケルンヲ、山頂ノ祠ト見間違ウ。

ピッケルノ遭難碑近辺
3190M山頂マデ僅カナリ

ガレノルンゼ
下山ト決断スベキ状況。

無事下山。

ガス深ク、風、雨、共ニ激シイヲ敢エテ進ミシコト原因ナリ。
クワエテ、昨夜ノ天幕ヲ叩ク嵐ニヨル睡眠不足、原因ナリ。


この夜は"穂高山荘"に泊まることになる。

濡れた衣類、濡れた山靴を乾かす為の小屋の乾燥室は
一歩踏み入るものなら、迷って遭難してしまいそうな程(ハハ)
所狭しとぶら下った衣類、登山靴の並ぶ床は踏み場がない程で、
むせかえる様な熱と、湿気が充満した乾燥室内は、
まさに、"ジャングル"だ。
かえって乾き難そうだな(ヌハハ)

"山小屋の本棚"は好きだ
穂高山荘の読書スペースは広い
椅子と卓子の間に灯油ストーブが配置され
棚の本の数も多いなぁ…
僕は、新田次郎のハードカバー本を手に取り
年配男性と若者の談話している隣の空いた椅子に座る。
「ここ空いてますか?」
「空いてるよ、今日は冷えますネェ、昨夜とは打って変わって…」
「昨夜も冷えましたよ」
「昨夜は暖かかったよ、なぁ」と若者に言うと、
「はい社長、暖かかったです」
僕は本に目を落とす
目にした事のないタイトルだなぁ…
ビールを飲みながらページをめくる。
ふと気付くと
しばらく眠っていたらしい…目次のページは開いたままだ
窓から見える濃い白色は、濃い灰色へと変わり、そして今や漆黒となりつつあった。

隣の席の顔は変わっていた
年配の方…どこか紳士的な雰囲気
山荘まで"白出の沢"の雪渓を登って来られた話しは興味深く、
僕はハードカバーを閉じ、身を乗り出して聞いた。
それでも、
最後におっしゃった
「とても怖かった」
は、何とも言えず
…エエ感じでした。

消灯時間もせまり
布団に寝転ぶ
なんだか、布団で眠るのが、随分ぶりな気がした…そんな錯覚。

おやすみなさい


後日談:
「僕は、あの山行きから後、
 何だか、異様に喉が乾くんですよ
 飲んでも飲んでも、
 何だか、まだ喉が渇いてる気がして…
 …でね、
 ふと考えるんです…
 今ね、実は、僕は夢をみていて…
 フゥッて夢から目が覚めるんです。
 そしたら
 僕は、強風吹きすさぶ視界の閉ざされたあの岩嶺に寝転んでて…。
 …でね、
 『あぁ…やっぱりな…、夢だと思った』
 …って
 とか考えたら、何だか怖くなって
 ホッペタ抓ったり、ラジオをつけてみたりして…
 今が、現実かどうか確認したりすんですよ
 ハハハ、馬鹿みたいですよね…
 あの…
 おうかがいしたいんですが?
 今って、
 現実ですよネェ?」



嗚呼…山旅 2012  :  3日目あこがれのからさわカールへ

7月14日朝の森の空気は湿り気を帯び
朝霧が木々の間の景色を埋めている。

樹々、熊笹に覆われた地面から
湧きたつ森の香りは、鼻の奥の方に心地よく響き
雨露に濡れた葉々の柔らかい緑色の美しさは、目の奥の方に優しい。
ルックザックにレインカバーの姿で
朝出発です
憧れの"涸沢カール"に向け発つ僕たちを
森は、見送ってくれるのでした。

僕は"軽やかな足取り"
…とは、いかない(ナハハ)
背負った"一式"は、両足にグゥィと荷重な訳ですから
一歩、一歩、グィッ、グィッと踏み出し、歩くのです。

"登山届け"
登山届を提出
上高地バスターミナル脇のBOXへ

河童橋から少し歩いたところ
"小梨平"にある"リゾート小梨"という施設の敷地に
規則正しく等間隔に張られている深緑色のレンタルテントは
何だか微笑ましい
そこでの"はしゃぐ子供たちの姿…それを見て微笑む大人達の顔"を想像したりすると
何だか微笑ましい
けれど、今日は閉じたままのそれらが、ただ雨露に濡れています。

昨日にも訪れた
"明神館"に到着する
ふと…
小道をゆきます
「あれ?…"岩魚丸焼き"を食べたのって、昨日の事だったっけ?」
それはまるで"しばらくぶりのような"何だかそんな感覚(ハハ)。
小さな休憩をとった後
"徳沢"に向け、小道をゆきますと

徳沢の"徳澤園"に到着
徳澤に到着
通称"氷壁の宿"か…
"北穂高岳"を望む(…普段はそうであろう)この場所で
"小坂、魚津の青春恋愛小説【井上靖 著】"を思う
(…ほんの少しだけ)
それもそうと、と
"ソフトクリーム"を注文
徳澤のソフトクリームです♪
(写真を撮る前に、待ちきれずカジってしまった…カジり痕写真で失礼、ナハハ)
ひゅう…最高やなぁ
徳澤のソフトクリーム♪楽しむ♪大人の男3人。
キャハハ
小さな休憩の後
"横尾"に向け小道をゆきますと

横尾の"横尾山荘"に到着
横尾山荘です
ここは横尾谷出合。
ここで"槍沢"と"横尾谷"とが合わさり
"梓川"が始まる…。
そして
ここは多くの登山人が集まる場所
ここから"槍ヶ岳方面"、"穂高岳方面"などへ分かれ
それぞれの"山旅"が始まる…。
それもそうと、と
横尾山荘の食堂でお昼ごはん
"ラーメン"をいただきます
横尾山荘のラーメン
むむ?…結構、美味いな
どこか"あの店のラーメン"(僕の妹が好きなお店)の味に似ている。
"ナルト"浮かんでいるところとか
何だか気持ちが伝わるなぁ…
ご馳走様でした。

さぁ、ゆくか…

この"横尾大橋"は平成11年に架け直された新しい橋
槍沢から流れくる川を渡り
横尾大橋を渡ります
いよいよ涸沢に向かう。
横尾大橋を渡ってから大きく変化するのは、
まず"道"の雰囲気だ
それまで歩いてきた道と違い"登山道"となる
「いいなぁやっぱりこの感じ」
思わず声に出してしまう。
何が違うのかって?
んん…まず大きくは"車が通れない道"になる事
あと、"道の空気" "道の色"というか…
(伝わらない?ナハハ)

"岩小屋跡"の大岩を右に見て通り
岩小屋後を右に見て通ります
この"横尾岩小屋跡"は、
『跡』と言う様に、もともと"天然の岩小屋"でした。
そのもっともっと昔、
川の中にあったこの大岩
岩の底の部分は、激しい水流で削られた
そして時が過ぎ、大岩は川筋から外れ…
削られた大岩の下側は、ちょうど人が入れる程な形で
まさに、自然が造り出した"岩小舎"となった訳だ。
そして今や
それから経年した大岩は、
自らの重みと幾多の雪や雨風によって
崩落した姿を残すのみ…
と言うよりも
すっかりと"苔むして"きてるなぁ…
ここが"屏風岩の登攀基地"だったとはなぁ…だ。
岩小屋(跡)を背に見上げる
"屏風岩"
左を見上げると!
それでも、
何だか胸が熱くなる
…はずだっだが
背中のルックザックは まさかの"コナキジジイ"
僕の背中でグングンと重量を増す
だから、の
何だか胸が熱くなる
息もあがる

しばらく歩くと
"本谷橋"が現れる
本谷橋を渡ります
谷であるこの場所は、冬には雪で埋まる。
その為、毎年『架けて、外して』の橋なのだ。
だから、小屋の食堂の壁とかに
『本谷橋かけました』
って
『冷麺はじめました』
みたいに貼ってはあるけれど…
本谷橋
人々のすごい尽力のおかげだよなぁ…
おおいに感謝だ。
有難うございます。

"本谷橋"渡り、川原で小さな休憩
そこで弟の淹れてくれた"珈琲"つうのは…
"美味い"ちゅうのが、
"もぉっと美味い"なぁ…

さぁ、登りです。
本谷橋から登りが始まります
登山道脇に咲く可愛い花たち
ゴゼンタチバナの花
サンカヨウの花
涼しげに咲く花を見ると
圧し掛かる背中の荷物も軽くなるなぁ…
(つかの間ですが…ワハハ)
グィッグィッと登り、仰ぎ見ると…
前方に、谷の三角"涸沢の雪渓"が見えます
あそこへ…
遠くに涸沢カールが見えます
登山道のところどころに残雪の雪渓は残り
岳樺ダケカンバの曲りくねった幹、枝が力強く
その雪渓を支え押し止めている様だ
雪渓がところどころ
そして
いよいよ僕たちの目の前は
"涸沢カールの雪渓の取り付き"だ
カールの雪渓を登ります
残雪は硬く、容易には蹴りこむ事が難しい
滑らないようアイゼンを装着して登る。

そして…

嗚呼…あれがあの"鯉のぼり"なのですネ
風にはためく、あれが涸沢ヒュッテの"鯉のぼり"
涸沢ヒュッテの鯉のぼりが見えてきました
それにしても
風が強いな…

道標まで来ました
もうすぐです テン場

涸沢カールの"テン場"(テント場)は
まだまだ雪上
天幕の設営時
時折襲う突風が…
ふぅ…予備の細引き(細いロープ)持ってて良かった
涸沢カールのテン場はまだまだ雪上
風に持っていかれないよう、小屋の近くから石を運び
天幕のガイライン(張り綱)をしっかり結び

ひと段落…

弟が小屋から買って来てくれた"ビール"で
テントの中で休憩中の父に向かって

「父!祝!おめでとう!イヤサカ!」

時折の強風で飛ばされそうなテントを何とか設営、さて

「…ん?! な
 なんなんだ?
  おぉ
 なんと…
  これ…
     ぅ美っ味ぁっっっ!」

ひとくち飲んだ後、
僕と弟、二人は顔を見合わせた
…その瞬間の弟の顔ときたら
『びっくりした様な、何とも幸せそうな』
かく言う、私の顔も。
ホント、美味しいビールだったなぁ…
びっくりした。

美味しいビールをやりながら
"涸沢小屋"ごしに見上げる"北穂高岳"は
天から深く垂れ下がった濃い白色の"雲のカーテン"に閉ざされている
見上げる涸沢小屋方面北穂は霧で見えず…
"幕"、開かないかなぁ…
無言だけど、二人ともそう言ってる
そして"奥穂高岳"は…
奥穂高も見えない
やはり、強風の暴れる様子がわかる程の容姿をした
ぶ厚い雲のカーテン
今まさに閉じんとする様だ…。

そんな中

"食事担当の僕"
今夜、用意した
"記念すべき第1夜"は
「山の定番と言えばコレだろ?」
…とか、僕の勝手な解釈で
"豚汁イン涸沢カール天幕泊"
今夜のメニュウやねんけど・・・

この谷の広い三角地帯を暴れまくる風が
僕たちの天幕を揺さぶる
そんな中
皆、いとも早々に食べ終え…
ダウンを着込んだままシュラフ(寝袋)の中へ

風っ
僕らの天幕を吹き飛ばしたいのか?!
風でテントがババババいいます
そして
陽は落ちました
日が暮れました 風強し雨強し

寝袋の中で
よく冷えたジョニーさんをやります
それにしても…
風で ババババ いうなぁ、天幕
雨で ババババ いうなぁ、天幕
順番にババババいわしてんのか?!思うほど
換わりばんこに来よるなぁ…

隣で寝袋に包まる父も
眠れていないようだ…
何とか眠らせてあげたいなぁ…

バババババ

それにしても
激しいよなぁ…
なぁ、ジョニーさん

…などと
ジョニーさんに語りかけながら
注釈:ジョニーさん=ジョニー・ウォーカー
ようは独り言ですネ

涸沢カールの夜は更けてゆくのでした。

ババッババッババババ!

嗚呼…山旅 2012  :  2日目かみこうちさんさく

"かみこうち"

"神垣内"

…元来のその文字のとおり
梓川の水面から沸き立つ霧
露に濡れ 熊笹の葉先から落ちる雫
湾曲した樹木の幹の艶にも
全てに神々の宿る世界
明神の岳に"穂高見命(ほたかのみこと)"が降臨したのも
こんな雨の日ではなかっただろうか…
そういえば…
白樺の枝を抱えた"河童"が目の前に現れたのも確か
こんな霧の日ではなかったろうか…
アハハ
そりゃぁあくまで"河童【芥川】"でのお話し
『どうかkappaと発音してください』ですかい?
では
『今日は特に合羽を着てる人、多いからね』
との、弟の駄洒落も引用しておきます。


深夜2時過ぎのサービスエリア休憩
霧の中
薄っすらと浮かぶバスの輪郭は
まるで神秘の世界へ誘う魔法の乗り物の様
深夜のサービスエリア休憩 さわやか信州号

早朝 5:20分 バスを見送る
木立の中に
赤いお屋根
“上高地帝国ホテル”
上高地帝国ホテルのエントランス
1933年(S8) "上高地ホテル"は
建築家・高橋貞太郎らによって設計され
木造建築として竣工した。
現建築は1975 年(S50)に老朽化が進んだ為、
RC構造として建て直されたもの。
けれど
木材をふんだんに施した外装、内装は
まさに木造建築の雰囲気 
そして外装の石積、赤い三角屋根
ロビーの暖炉は
ロビーに入ると、ますドーンと目の前にこれ
マントルピースに換わったけれど…
感じるんだなぁ
いや…感じているのは
この"空気"だな
ここにある
"数々のドラマが染み込んだ空気"
なのだろう…

"上高地バスターミナル"
弟の淹れた美味い珈琲
そして
“河童焼”かっぱやき
kappa焼
この河童焼、2010年の2年前の夏に発売開始されたらしいが
ルックスもナイス!
好きだなぁこういうベタな感じ
味もナイス!
餡子もたっぷり、いゃなんつっても何とも"素直な味"♪

ひゃぁ~ぁ
大自然、甘い河童焼、弟の珈琲、
そして、何よりも、
3人の笑顔
うん
最高やぁ!

大きなルックザックは、宿にデポ(置いておく)して
上高地の"ポケットガイドマップ"
とてもいいよこのガイドブック
(100円 小さく畳めて、すげナイス♪)
をズボンのポケットに入れて

さぁ、"上高地散策"の始まりです♪

"河童橋"
あの本や、あの雑誌、あの映画
僕は今までに、この橋の名前を何度、目にした事だろうか…
初代の橋は、"跳ね橋"として1891年(明治24年)に架けられたそうだ。
現在の橋は、1997年に架けなおされた5代目だそうだ。
この橋の
この場所
河童橋 梓川から沸き立つ霧
ココでの"数々のドラマ"を思う
特に"ひとつのドラマ"を…
僕の生誕にも関わる"あるドラマ"だ
そんな僕の目の前で
父が嬉しそうに母に電話をする。

頑丈な造りの河童橋を渡り
脇に建つ宿を左に見上げながら
岳沢との分岐がある小道を歩く
神降地の木々
岩魚泳ぐ沢の水が奏でる音は
岩魚泳ぐ沢の透明
美しすぎる そして 透明すぎるな
美しすぎるよ


穂高神社奥宮境内の"明神池"
参拝するおとうと
一の池、二の池とあって(もともと三の池もあったそうな)
明神池の静けさ
静かな水面には水鳥が遊び
移りこむ立ち枯れの木立ち
桟橋の上の僕らを
その澄んだ水から見上げているのは
悠々と泳ぐ一匹の鱒
明神池の鱒
僕たちに挨拶をする
…ちょうど、こんな口調で
「どうだい?上高地は」

1880年(明治13)の古い写真のままの様な雰囲気の小屋は
"嘉門次小屋"
嘉門次小屋の囲炉裏で焼く岩魚の香り
初代当主の"上條嘉門次"は、W・ウェストンの山ガイドとしても有名
現在の小屋主人は4代目、嘉門次の"ひ孫"だそうだ。
囲炉裏の周りには
串刺しの岩魚がグルリと並べ立てられ
付近に漂う岩魚を燻す煙
エエ香りやなぁ~~~
岩魚定食をいただく
岩魚定食:嘉門次小屋
朝8:30から食べさせていただけるそうで
当初ここで"お昼ご飯"と予定していた僕たちだったが
早々とした時間にいただく
塩加減もエエ感じやねんなぁ…
炭火でじっくり焼いたその岩魚は
塩加減もGOOD!
頭からガブッ♪とやる
…いやはや、鼻から抜ける、この香ばしさ
食べ進めると…炭火の遠赤外線で閉じ込められていた旨味が
ジューシーに口の中いっぱいに溢れだし…
思わず うっとりと目を閉じる。
すると
小川のセセラギ
カッコウの鳴き声
上高地の自然が僕を包み
思わず、岩魚を食べほしてしまう
…定食を頼んだことも忘れて、だ
後は、小鉢とお味噌汁とお漬物で、ご飯を食べる事になるのだが。
でもね、それらも美味しいのだな…うん。
ひゃぁ"嘉門次小屋の岩魚"最高っ♪

美味い食事に大満足顔の僕たち三人は
"明神館"へ
明神岳を見上げる木製ベンチ
…いや、今日みたいな霧がなければ
その荘厳な姿を見上げられる
その明神館前のベンチで
明神館の岩魚丸焼き
"岩魚丸焼き"(明神館の)をいただく
ワハハハハ
…僕の「食べ比べんくても、わかりきってるやん」の意見を尻目に
父は明神館のカウンターへ注文に立ったのでした
嬉しそうに。

上高地
宙をうめるほどに舞う
"柳絮(りゅうじょ)"の綿舟
この季節の風物詩だそうだ
そして、それが舞うのは"雨の合図"だそうだ
柳の樹たちは一斉に放つのだ
綿に包まれた種子が、確実に地面に着床できるよう
雨の降る直前を見計らって。

"大正池"
大正池で弟の淹れる美味しい珈琲♪
大正4年(1915年)
焼岳は噴火した…そして梓川は堰き止められ池となり木々は立ち枯れ…

油絵を描く為に清水屋(上高地温泉)に滞在していた高村光太郎に、恋人の長沼智恵子が訪ねて来たのは
大正2年(1913年)8月~9月だった…
もちろん
その当時、大正池は、未だ、無かったわけか…。
弟の淹れる美味い珈琲をおねだり
ガリガリ♪豆を挽く音
珈琲を淹れてくれる弟
ひゃぁぁ
大自然、立ち枯れカラマツの素晴らしい風景、弟の珈琲、
そして、何よりも
3人の笑顔
うん
最高やぁ!

Walter Westonウェストン
氏の記念碑に立ち寄り
ウェストン脾の前で記念撮影
ひとりづつ記念撮影
「記念写真やけど、真ん中には写せへんからなぁ」
言うてワイワイと(ナハハ)

"田代湿原"
田代湿原にたつ
"田代池"
田代池にたつ
遊歩道脇に咲く
"日光黄菅ニッコウキスゲ"の花の可憐さ
"黄花の山苧環キバナノヤマオダマキ"
黄花の山苧環の花
"苧環オダマキ"…か…「しずやしず…」(むふふ)
"ハナチダケサシ"の群生
群生に見とれて
その群生の奥には、もっと不思議な世界があり
何だか踏み込んで行きたい…そんな衝動に駆られる
そんな事を考えながら小道を歩く
ふと、唐松の根の周りに
不思議な花…
鍾馗蘭の群生
"鍾馗蘭ショウキラン"の群生
『鍾馗』…やはりここは"神宿る森"

父と弟がホテルで休んでいる間に
僕は独り森を歩く
上高地の小道1
夕暮れも近く雨のせいか僕の他に誰もいない森
上高地の小道2
森を独り占め♪
…そんな僕の目の前に
"立て看板"
君ならどんな心持ちがしますか?
…硬直。
ナハハ

2時間くらい歩いただろうか…
ふと見上げると…

霧が晴れた!

走って部屋に戻る
二人に告げる

「見えるよ!穂高ぁ!ほらっほらぁっ」

一日目感動の景色
やっと見えた
日の沈む前のつかの間の景色
山肌は真っ黒で
『空との境目が見えた』
と言った方がいいのかも知れないくらいだったけれど…
僕は
めちゃくちゃに感動した
泣きそうなくらいに。

今夜は、たぶん…
"明日からの山旅"にワクワクして
なかなか寝付けないだろうなぁ…
と思う間に
眠ってしまった。

嗚呼…山旅 2012  :  

21:20
難波O'CAT 1Fのマルチビジョン前に集合

乗り継ぎの為
シャトルバスで新大阪へ
120712 バスに乗る
そこから
アルピコ交通のバス
"さわやか信州号"
120712新大阪乗り継ぎのカウンター…簡易だなぁ…
に乗り込み

そこから
僕たちの"山旅2012"は
始まったんだ。

花と人と蛙と…賑わいの金剛山に訪れる の巻

よう

好く晴れた
五月最後の日曜日やもん
行くんだぜ



しばし"金剛山ロープウェイ前行"のバスに揺られ
"観心寺"など、懐かしの景色を見たりしながら
あの山へ
120527 河内長野駅からバスに揺られて
降りそそぐ5月の陽射しは眩しく
何だか、もぉ"初夏のにおい"がした
120527 なんだか久しぶり?
およょ…ココに"トイレ"こしらえはったんやネェ
120527 トイレ出来たんや 妹が言うてたなぁ…
んんん…まメインルートだし、"親しみの山"だもんね
ちょうど五合目のこの場所
楠木正成公の"ノロシ台"跡
"一本木茶屋"はこの辺りだっただろうか…
つかココ?

移り変わってゆくんやねぇ

とか…
見あげると
眩しい陽が
ブナの新緑を透かして
お天道様から降りそそいでた
その場所に
そして僕に
120527 美しいなぁ

この山に登る時
いつも会いたくなるのが
この"お地蔵様"
120527お地蔵様
手をあわせる

山頂広場
"国見城址の広場"
賑わっているなぁ~
そう言えば…今年は"金剛桜の花"見なかったなぁ
そやけど、今日は"小さなさくらんぼ"がよおさん
可愛いかった
"八重桜"も終わりだなぁ…
120527山頂広場の賑わい

金剛山転法輪寺の
"行者堂"に寄り添う樹
"ハナカイドウ"
満開だ
120527 カイドウ桜

花ゝは美しく咲き
"ニリンソウ"達
120527ニリンソウ

120527雪笹

120527ツボスミレ

120527ヤマブキソウ

120527ハナイカダ
さぁ漕ぎ出でよう♪ハナイカダに乗って
何だか 口笛♪

新緑の木立ちの間から
大好きな山"大和葛城の高原"を眺む
山頂の"ツツジ園"は赤い化粧
120527 大和葛城のツツジが萌える
ツツジ園、今日も賑わっているんだろうなぁ…
みぃんな、花の前で写真撮ってて
それが
みぃんな"笑顔の写真"やねん
エエなぁ

さぁてと
下りるか…

涼しげに湧き出す水の
美味しさよ
120527水場で小休止
そして
森に響く声
「スッスキスキィ アァッメッチャスキヤァ」
          (タゴガエル語訳)
っあ!
見ぃっけ!
120527タゴガエル見ぃっけ
あ…確かに君
"恋してる目"してるなぁ
ワハハ
ファイト!やで

そんな出会いの"水場"を後にして
しばらく歩く
前後に登山人の姿はない

ふと…
僕は立ち止まる

ん?

森に響く
"鼓の音"

僕の
目の前で舞う
2つの姿

"烏帽子装束"に
"桜文様の長絹"
彼女達は舞う
鏡写しのように
120527ふたりしずか
その序之舞…
その相舞の姿は…

胸が痛いほど 哀で
眩しいくらい 凛としている

うた(詠)
しずやしず 
しずのおだまきくりかへし
昔を今になすよしもがな


その時…
花を優しく揺らす風が
少し強く吹いた

…あの日に帰れるすべがあるのなら
か…

"フタリシズカ"の花が揺れる
風はもぉ
やんでいるのに…

なぁぁぁんつって

…お?

どこからか声が…

「しずかしずかにせい」

ニャハハ

花はエエなぁ

さて
山から出てきたら
"ビール"♪
っしょやっぱね
120527ビールです
ぷぅぅぅぅ 旨っ♪

はぁぁぁぁ 山 楽しっ♪

万のつつじさくうえを万のくんぷうふきわたる葛城高原へ

青葉繁れるこの季節
蕉風吹きわたるあの山へ
萌黄色から透かして見える青空の
あのトンネルをくぐりに行こう
120520風薫る大好きなあの山へ

よう
早起き
いつもより
少しだけだけど…

車の窓を全開にして
春の朝の爽やかな風を感じる
山麓道路(県道30号/御所香芝線)を
南へ走らせるのさ

"櫛羅の交差点"
普段なら、僕の車"一台"だけが曲がる交差点なんだけど
今朝は、5,6台連なって曲がる。

"葛城山ロープウェイ登山口駅前駐車場"
への道は、朝7:30の時点で既に
駐車待ち20数台の車列が出来ていた。
僕は、迷わず手前の
"臨時駐車場"
つかどうよ?
「屋内型屋根付き駐車場」つか
「うちのハウス栽培で収穫されるのは車ですねん」(ニャハハ)
120520車のデポ地
すんなり停めれましたし、エエやん♪

"ロープウェイ乗り場"
乗車順番待ちの"整理券"が配られ
この人だかり
120520朝7時30分でこの感じ
それを横目に
僕は
風薫る尾根道へ
120520風薫る尾根の道へ
花ごしに見おろす大和のうつくしさ
120520ふじごしのみね
花ごしに見あげる葛城のうつくしさ
藤の花、好きや

そうそう
"ダイトレ(ダイヤモンドトレイル)への道"と"自然研究路"の分岐
僕は後者の道を行くんやけど
沢の横を登ってから先の分岐

あっ…その前に!

沢筋に沿った登りに差しかかったその時
その声は聞こえた

耳を凝らす…
新緑の森に響き渡るその声は
どうやら
沢筋から聞こえてくる様だ…

「グクリクル グクルクリィ」
とも
「ケククゥ クゥククル」
とも…
ふぅむ…どなぃ言うたらエエんやろなぁ…

僕は沢筋に下りて
しゃがみこんで
じぃっくりと探してみるんやけど…
どっこにも見えへんねん
"その鳴き声の主の姿"っちゅうの。

そやねん
"タゴガエル"
やねん
(動物界脊索動物門両生綱無尾目
アカガエル科アカガエル属に分類…えらい難しな)
(あと、名前の"田子蛙"は、両生類学者の田子勝弥氏の名前から、やねんて)

春やからな
"恋の季節"や
男(タゴガエルの雄)どもが
「スッスキスキィ アァッメッチャスキヤァ」(蛙語訳)
言うて叫んでるわけやな
そやけど、大きい声やなぁ
そやけど、姿は見えずやなぁ

さてさて
分岐の右折れのコースは
以前から崩落してて長いこと不通やってんけど
120520右側のコース 復旧して下さったんやねぇ
復旧していただいたんやねぇ
嬉しいなぁ

"新緑のトンネル"
気持ちエエ道やわぁ


山頂へ向かう遊歩道に合流
眼下にひろがる新緑の景色
そうそう、この木
120520今年も面白く毛が生えるのねぇ
もう少ししたら面白い感じなるねんで
毛ぇがモシャモシャって生えてきて
ナハハ
その頃又来よっと

そぉなんだ
高原を染めるのは
120520つばきつばきつばきつばき
カラフルなのは花だけやないのよ
120520つばきつばきつばきひとひとひとつばきひとつば
僕はその内の一輪をじっと見て想う
125020つばきつばきつばきつばきつばきつばきつば

花はなぜ美しいか
ひとすじの気持ちで咲いているからだ
【八木重吉】

咲いているツツジの花たちは
一つ一つ
ただ一途に咲いているのだ

そう思うと
僕は
目の前の景色に圧倒され
シリモチをつきそうになる…

そして後にきっと
ただ一途に咲いた 喜びだけが残るのだ
【坂村真民】


僕たちはそれに感動する
そういう事だ。

さてさて
賑やかな笑顔溢れる"つつじ園"を離れ
少し静かないつものところで
空を見上げて
120520ランチ
この"わかめご飯"て
美味しいわぁ♪
お気に入り

そして
至福の珈琲♪
120520カフィ
うぅぅぅ
なんと素敵な一杯なのだらうか
サイコォォォォッ!
叫びたくなる
ナハハ

さて…
そろそろ下りるかな

途中
"櫛羅の滝"も大賑わい
120520くじらのたきは

下山コースは
北尾根の"秋津州展望コース"にすればよかった…
と反省。
登りの人々を待たせちゃったりしてしまった…
でもねぇ
登りの人々の列は途切れることなく続いてて
そうこうしてたら
なっかなか下山出来ないんだなぁ…
つう意味でもやっぱルートどり失敗。
ニャハハ
そやけど、"YMCAの団体の子供たち"は
(100人くらい連なってたんやないやろか…)
「フゥィ フゥィ」言うて
一所懸命に登ってるのん
めっちゃ可愛かったなぁ…
真っ赤な顔して…
ハハハ

そんな山も
又、楽し♪

はぁぁぁ 山 楽しぃ!♪

みくまりじんじゃのさくらがことしもさいています

展望台から見下ろす景色は
時は1185年
銀色に染まった獅子坂を登った辺り…

先頭で膝まで埋まる雪を踏み
道を作る弁慶の息が
いっそう白い

兄頼朝により
その秋に出された義経追討の宣旨
横川覚範を筆頭にした追っ手吉野大衆は
まさに今、
中院谷に迫っているのだ

四つの白い息

その内の一人
佐藤忠信
言わずも知れた義経の忠臣である。

「ここは私が」 

「そなたが防いでくれるというのか?」

そして
四つの白い息の内
ひとつだけ残ったのだ
ここ"花矢倉"に

矢を放つ彼

その彼のそばに、
あったに違いないだろう…
屋島の合戦で命を落とした兄継信の姿が…。

2012年
穏やかな春の今日
桜色に染まった獅子坂を登った辺り…

ここ"花矢倉"では
大勢の人々が
ショットしています

矢ではなく

写真を。

歴史の染み込んだ吉野の山に
桜の花びらが舞っています
やさしい風に乗って

今年も咲いています
"みくまりじんじゃ"
120421水分神社の桜が今年も咲いているよ
"きんぷじんじゃ"
120421金峯神社の桜も120421子供会かなぁ…
そして
大好きな場所へ
120421奥千本は
茣蓙を敷いて桜を楽しむ人々
庵の前で記念撮影の人々
120421こんな人の多いこの場所は初めてだな
今日はホント賑やかですねぇ
ね、西行さん

僕も
切り株に腰を下ろし
水筒で持参した温かい珈琲をやる
そして
空を見上げ
しばし
大好きなこの場所の風景に溶ける

花に染む心のいかでの残りけん
                 捨て果ててきと思ふ我が身               
                       【山家集 西行】
120421大好きな場所

うん
…また訪れよう


夕暮れ
ハラハラと舞い落ちる花びら
浮かべた酒でね
静かな春の夕暮れ
一献
僕は
"野蒜"に舌鼓を打つ
120421野蒜
いやぁホント美味しいなぁ~
今年もありがとう
ノビル日記
毎年楽しみなんだ
うん


根に帰る花をおくりて吉野山
             夏の境に入りて出でぬる
                   【山家集 西行】

…か

2月の かつらぎさんにおとずれる

よう
温かいお蕎麦でね
120205朝のお蕎麦
温まろう

早起きの今日
フフフフン♪

山道を
歩こう
12020501葛城山の道の景色
山頂の高原からの景色
120205葛城山の山頂の景色
そろそろお昼ごろ
メシにすっかなぁ
今日はね
タダァァァァン!
"KING!"やねん
120205ダーン!お昼キング
でかっ!
おおぉっ
これ…めっちゃ"お湯"使うてしまうやん(大丈夫大丈夫フフ)
お昼のKINGでかさ
ふぅ
"大阪の冬山ごはん"と言えば…
やっぱこれやねぇ♪
お腹いっぱい
温まったぁ

ではでは
カフィカフィ♪っと
甘い"あんドーナツ"
頂きものやねんけど、コレすげぇ美味いねんよ
お気に入り
120205カフィタイム♪
ふぅ
至福のカフィタイム♪

美しい雪道を下山する
120205葛城山 道の景色
杉の木立ちを歩く
ところどころで
枝に積もった雪がサラサラと落ち
舞う姿は
風花の美しさ

ふと木々の間に開けた空
見上げると…
見上げるとロープウェイ
ナハハ
飛行船みたいやなぁ…

大好きな場所
"くじらのたき(櫛羅の滝)"
120205くじらのたきこおる
凍る飛沫の造形
自然が創り出す美しさ
僕は
しばらく
立ち竦む

いやぁ綺麗やわぁ

ではでは 又 来まぁす! 


さて
登り口すぐの石道辺りから
こんな感じに凍ってたりするからね
120205こんな道があるからアイゼン要るからね
うん
"軽アイゼン"が無いと転びますからね~

帰宅後
今夜は何だか
がっつりと
"ボロネェズスパゲティ"が
食べたくなったので
120205ボロネェズとワインで
大盛やねん
がぁってがっついて
ワインがぶがぶいうて

いやぁエエなぁぁ

ふぅぅ
お腹いっぱい

あ…
今日は朝昼晩とも
麺やな…
ワハハハ
プロフィール

Arbre de Hiver

Author:Arbre de Hiver
fuyu

カレンダー
07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード